黒いカーテンが開くと映画から飛び出してきたキャラクターが手を振って挨拶をする。Walt Disney Imagineering(ウォルト・ディズニー・イマジニアリング)にいると、このようなことは珍しくないが、今回は特別だ。そのキャラクターは着ぐるみではなく、ロボットなのだ。しかも、ディズニーパーク内で見かける多くのアニマトロニクスとは異なり、一所に留まっているわけではない。プログラム用の細いケーブルでつながれているだけで、こちらに向かって歩いてくる。
足取りは滑らかで、腕は生き生きと振られ、足はリアルに踏みしめられている。体の揺れ方も自然だ。他に言いようがない。ゆったりとした足取りで歩いてくるのだ。これは、ディズニーが初めててがける自由に動き回ることができる小型のロボットアクター「Project Kiwi(プロジェクト・キーウィ)」であり、まさにロボット工学における1つのマイルストーンと言えるだろう。
キャラクターをテーマにしたエンターテインメントの定番は、何十年も前から確立されている。オリジナルと外観、性格、スケールがそっくりで、自由に動ける二足歩行のキャラクターだ。世界中のディズニーパークでは、そういったビジョンを実現するために、移動式ではないものの、さまざまなロボットが開発されてきた。例えば、驚くほどリアルなNa’Vi Shaman(ナビィ・シャーマン)や、「Star Wars:Galaxy’s Edge(スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ)」のHondo Ohnaka(ホンドー・オナカー)のようなキャラクターを動かすA1000フィギュア、東京ディズニーランドの「Beauty and the Beast(美女と野獣)」で自然な表情をみせるBelle(ベル)などが挙げられる。また、自走式ドロイド「Jake(ジェイク)のようなクールなモバイル実験も行われている。
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この小柄なキャラクターは、顔、手、足などの質感が忠実に再現され、映画でおなじみの色あせた赤いフライトスーツに身を包んでいる。そして手を振りながら、意味ありげな目でこちらを見る。これは、ディズニーのイマジニア(イマジニアリング社員)やディズニーパークの来場者が何十年も待っていた瞬間だ。このキャラクターは、程よい大きさ、つまり子どもぐらいの大きさで、実際に歩き回ることができる。
数週間前、南カリフォルニアのウォルト・ディズニー・イマジニアリング(WDI)で、夢の実現が近づきつつあることを目の当たりにした。WDIの研究者とロボット工学者が過去3年間に渡って完全に自社開発した二足歩行のプラットフォームは、身長約80センチメートルのグルートのような格好をしている。
今公開されているKiwiはグルートバージョンだが、重要なことは、これがプラットフォームであるということだ。つまり、ディズニーパークに現れる時には、グルートのままかもしれないし、まったく別の姿をしているかもしれない。キャラクターを育てるうえでは、ターゲットとなるキャラクターを設定し、そのキャラクターが世間から一定の評価を得ているかどうかを判断することが重要だ。
Kiwiもまだまだ未完成であり、外でお目にかかることは、しばらくなさそうだ。Kiwiの動作や人との関わり方にはまだ多くの課題があり、WDIではすぐにパークに設置することは予定していない。
しかし、今の時点でも、ディズニーがフィギュアに求めている「存在感」という定義の難しい特性を見事に放っていることは、エンジニアリングの驚くべき成果だと言えるだろう。
これまでの道のり
Project Kiwiの責任者であるイマジニアリングの研究開発部門代表Scott LaValley(スコット・ラヴァリー)氏とアドバンスド・デベロップメント・スタジオのエグゼクティブSVP、Jon Snoddy(ジョン・スノディ)氏に、この数年の間にプラットフォームがどのようにしてできあがったのかを聞くことができた。
「Project Kiwiは、小さなキャラクターを実際のスケールで本物らしく表現する方法を研究するために、3年前に始まった」と、ラヴァリー氏はいう。そして「今は二足歩行ロボットにとってエキサイティングな時代であり、すばらしいチームとテクノロジー、芸術性、魔法の組み合わせによって、キャラクターに命を吹き込んでいる。ディズニー以外では起こり得ないことだ」と、同氏は続ける。
イマジニアリングのユニークなプロセスについては、以前、ディズニーがどのように反応型ロボットや自律型スタントボット、さらにはパーク全体を構築しているのかという記事で少し触れている。イマジニアリングの仕事のやり方は、解決すべき問題が見つかれば、それを解決するために他の部署を巻き込んでいくという点で、スタートアップによく似ている。WDIが実際に解決策を見つける方法には、驚くほどエゴがないのも特徴だ。重要な部品を既製品で見つけることもあれば、自社で設計・開発し、特許を取得することもある。
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ライドデザイン、ショーシステム、特殊効果、アニマトロニクス部門、テックスタジオR&D、ディズニーリサーチなどのイマジニアリングの各部門が相互に連携していることは、社内全体でソリューションを共有していることを意味している。
もちろん、これらすべてを方向づけているものは、ストーリーテリングだ。同社の指針はプロセスのすべてのレベルに展開され、プロジェクトを正しい方向、つまり、ストーリーを伝え、ゲストを魅了するより良い方法へと導いている。
Kiwiの最終的な目標は明確だ。自分で歩くことができ、パークのゲストと交流できるキャラクターだ。しかし残念ながら、Kiwiは、小型化と歩くという複雑な要求のため「既製の」プラットフォームでは対応できなかった。実際のところ、本当に物になりそうな二足歩行ロボットのプラットフォームは、世界でもほんの一握りしかない。そして、そのほとんどが産業用として開発されている。「ヒューマンスケール」のソリューションもわずかであり、しかも真に自律的なシステムではなく、マーケティング用のセットとして設計されている。
この目標を達成するために、イマジニアリングは研究開発とラヴァリー氏のチームの支援に注力した。ラヴァリー氏は、Boston Dynamics(ボストン・ダイナミクス)で二足歩行ロボットAtlas(アトラス)の初期バージョンの開発に携わった後、ディズニーに入社した。
このプロジェクトは、パークのゲストとの自律的な交流や、ジェスチャーや表情が表現できるようにプログラムされたバッテリー駆動の二足歩行ロボットを目指して始められた。チームは、それから3年かけて必要なものを作っていったが、その多くは後述するようにカスタムメイドだった。
Kiwiの内部にオペレーターがいないことは、一見して明らかだ。人間の脳は、人が入るには狭すぎる空間であることを本能的に察知するのに長けている。この小さなサイズを実現するために、チームはまず、Kiwiに搭載するすべてのモーターとアクチュエーターが50度の自由度を確保できるカスタムの骨格を作る必要があった。また同時に、数々のキャラクターに「着せ替え」できるように人間の形状を維持しなければならなかった。
まずは、フレームだ。3Dプリンターでポリマー製の部品を試作し、最終的には工業用3Dプリンターで金属製の部品をカスタムメイドした。重要な部品を収納するために必要な骨組みや部品は、切削や鋳造では複雑すぎたためだ。巧妙に3Dプリントされた金属製の骨格は全体的に中空になっており、モーターやアクチュエーターを冷却するための空気が「骨髄導管」を通ってボディ全体を巡っている。現在のKiwiのプロトタイプでは、空気はスーツの襟の部分から取り入れられ、骨格に組み込まれたファンによって体全体に流れ、本体の下方から排出されている。最終的には、衣服を覆いとして利用し、足元から空気を排出することになる。
多少の騒音はあるが、初期の段階でもそれは非常に小さく、スピーカーから音声を流して会話をすることができる。
上に掲載した開発時のオリジナル動画からもわかるように、まず下半身が作られている。オフィスでの初期のテストでは、脚と胴体だけがイマジニアリングの中をこっそりと、または弾んだりシャッフルしたりしながら歩いている様子が映し出されている。ランチを取っている間に、胴体の下半分がオフィスの前を素通りしても、気に留められないという職場は、おそらく世界でもここだけだろう。
Kiwiのプラットフォームには、膨大な量の完全にオリジナルのロボット工学が適用されている。筆者が見たデモでは、幼いグルートには安全用のワイヤーとライブプログラミング用のコントロールケーブルが接続されていたが、本体自体には何の支えも必要なく、搭載されたバッテリーのパワーだけで自由に動き回っていた。ラヴァリー氏によると、現在は45分程度だが、最終バージョンではもっと長く使えるようにしたいという。実際、より軽く、より効率的な次世代の骨格の開発もすでに始まっている。
脚部には、動的なカウンターバランスを取るシステムが採用されている。そのことにより、前に動こうとする力と支えるために脚を踏み出す力が相殺され、より効率的で素早い動作が可能となる。開けやすくするためにバネが付けられた重いゲートを思い浮かべるといい。ただ、バネはなく、ゲートの代わりにロボットの手足がある。
足をリアルに踏み出すのは、実際にフィギュアを支えなければならないという非常に単純な理由による。これにより、外部から支えられたフィギュアが足を踏み出したような「見せかけ」では得られない、さらなる信憑性を与えている。ラヴァリー氏は、軽く押したり、肩に手を置いたりしても、ロボットが問題なく歩き続けられることをデモしてくれた。このようなセルフバランスは、人間が無意識のうちにいつも行っていることだが、歩行ロボットではそれをプログラムとして組み込まなければならない。
このロボットの開発では、多くの特許性のある発明を伴っている。その1つが、関節間でエネルギーを伝達する巧みな歯車のシステムで、これによって膝や手首のような関節の間でもモーターを共有できるようになっている。そのため、部品点数が減り、モーターやアクチュエーターのパッケージを小型化し、目的にかなう形で収めることが可能となった。
配線は常に障害の主要な要因となるため、Kiwi全体の配線量を最小限に抑えられるように、チームは折り紙のような回路基板を作成し、基板と統合されたフレックスケーブルで接続した。一般的なコンピューターの回路基板を分割して、中空の「骨」の外側に取り付けたようなものだ。制御システムや制御対象のモーターをローカルなグループにまとめて、手足やその他の体の部分を包み込み、関節や全身に分散させる必要のあるハーネスの量を減らしている。
手足の動かし方を決める部品であるアクチュエーターは、チームが必要とする機能を備えたものが存在しなかったため、一から作り直した。ある時、ラヴァリー氏が筆者に手渡してくれたリングには、何度も何度も繰り返し使われたいくつかのアクチュエーターエレメントが付いていた。何年分ものエンジニアリング、実験、失敗、そして進歩の証が、端を撚り合わせただけのシンプルなワイヤーに込められていた。
Project Kiwiの次の課題は、動的にトルクを加えることができる新しいアクチュエーターのセットに加えて、不整地や外部からの作用に対する安定性と反応を高めるためのセンサー機能を追加することだ。自由に動き回れるキャラクターを見つければ、人々が一緒に写真を撮りたがることは容易に想像できるし、子どもたちが思わず駆け寄ってハグしたくなることもあるだろう。そのような場合でも自然な姿で立ち続けるために、骨格はこれらの突然の外部入力を感知し、迅速かつスムーズに反応しなければならない。
純粋なIK(インバースキネマティクス)システムから完全なトルクセンシングシステムに移行することで、プラットフォームは、足場の状況や、他のパフォーマーやゲストとの相互作用を補正するための調整を即時に行えるようになる。
チームがギア、モーター、アクチュエーターのカスタマイズに取り組んだ結果、Kiwiの腕や脚の動きは非常にスムーズで自然なものとなった。手を振ったり、肩をすくめたり、リズムを取ったり、ボクシングのジャブを打ったりと、少しおとなし目かもしれないが、まるで本物の生き物のように見える。
また、チームは、独自に開発したパフォーマンスソフトウェアのデモも行った。このソフトウェアにより、Kiwiにパーソナリティのレイヤーを持たせることができ、さまざまな足取りを表現できる。基盤となるレイヤーはIKスタイルの歩行システムで、Kiwiを直立させたり歩かせたりするが、その上にパーソナリティのレイヤーを重ねることで、安定性を保ちつつ、歩行に個性を加えることができる。弾むような軽快な歩き方、足を引きずるような歩き方、悲しげな歩き方、うなだれた歩き方などすべて、腕や頭の他の動きも含めて、常に重心と運動量を変化させている。水面下でアヒルの足を漕ぐのは、外部入力を受け取り、それを自然に歩行に統合する歩行システムだ。
現在のプロトタイプソフトウェアでは、一通りの動作が設定されており、その動作の制御をトグルしたり制御カーブを調整したりして新しい動作やアクションをプログラムできるタイムラインを備えている。ソフトウェアで一連の調整を行えば、その変化はすぐに明らかになり、グルートの「気分」がすぐに歩き方に現れてくる。
楽しそうに腕を振っていたかと思えば、次の瞬間、腕を落とし、頭を垂れ、とぼとぼと歩いている。明らかに、楽しいことが終わったことを悲しんでいる。驚くべきパフォーマンスソフトウェアだ。
表情豊かな目はすでに印象的だが、まだチームはやり遂げたわけではない。次の課題は、Kiwiが周りの世界をより深く理解し、人やその顔を識別できるようにするための感覚パッケージだ。アイコンタクトは、感情に訴え、相手の心をつかむ強力なツールとなるため、これは重要な意味を持つ。
センシングソフトウェアがなくても、この約80センチメートルのグルートが目を合わせ、笑顔で手を振ってくれた瞬間は、言い知れない感動を覚えた。デモを見ている間に、ロボットであることをすっかり忘れてしまうことが何度もあった。
最初に述べたように、Project Kiwiプラットフォームは、パークに登場するまでにはまだ多くの課題が残されている。しかし、ステージでのパフォーマンスや写真撮影、そして最終的にはパーク内で自由に歩き回ることなど、実現に向けての道筋はすでに見えている。
それが真のビジョンだ。スノディ氏によると、目標は、私たちが愛してやまないディズニーのキャラクターたちをゲストの目の前へ解き放ち、1回の乗り物やアトラクションだけではなく、パーク全体をライブな夢の国へと昇華させることだという。そして、そういったフィギュアをあるべき大きさで実現することで、ゲストを夢の国へ惹き込むことができる。このようなプラットフォームがあれば、乗り物のように厳格にコントロールされた環境ではなく、パーク全体をキャラクターたちが生き生きと暮らす「ホーム」にすることができるかもしれない。
このイマジニアリングの旅の軌跡には、常にロボットの足跡が伴っている。「リンカーン大統領との偉大なひと時」から、ダークライド型のアトラクションの中に固定されたナビィ・シャーマンのような驚くほど表現力豊かなキャラクター、そして十分な照明の中でも通用するキャラクターなどがそうだ。Project Kiwiは次のフロンティアであり、キャラクターたちを台座から立ち上がらせ、ゲストの世界へ歩き出させることができる。
現在、ロボット工学において最も魅力的な分野の1つがHRI(ヒューマンロボット・インタラクション)だ。人間とロボットのコミュニケーションを向上させるためのこのような学際的な取り組みでは、産業現場での安全性や認知性に焦点が当てられることが多い。しかし、筆者は以前から、この分野で最も興味深い研究開発はイマジニアリングで行われていると主張してきた。ディズニーパークには、年間1億人以上の人々が訪れ、ロボットのキャラクターと触れ合う機会が年々増えている。また、Kiwiのようなプロジェクトも控えており、この分野は新しいタイプのデータや機械学習で爆発的に発展するだろう。
そしてもちろん、私たちの大好きなキャラクターたちが、現実の世界では見たこともないようなリアルな姿で動き回るのを見ることができるはずだ。
カテゴリー:ロボティクス
タグ:Disney、コラム
画像クレジット:Walt Disney Imagineering R&D Inc.
[原文へ]
(文:Matthew Panzarino、翻訳:Dragonfly)
- Original:https://jp.techcrunch.com/2021/05/01/2021-04-23-disney-imagineerings-project-kiwi-is-free-walking-robot-that-will-make-you-believe-in-groot/
- Source:TechCrunch Japan
- Author:Matthew Panzarino,Dragonfly
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