昨今、日本では「サステナブル」という言葉が浸透し、企業の経営方針においても重要なテーマとなっています。一方、欧州ではDPP(デジタルプロダクトパスポート)やCatena-X(カテナエックス)といった先進的な取り組みが進んでいます。
そこで今回は、「製造業における持続可能な社会の実現に向けて」をテーマに、株式会社グローバル・パートナーズ・テクノロジー(以下、GPTech)シニアマネージャー 岡村知暁氏と株式会社digglue(ディグル)COO 中谷元氏による対談を2回に分けて連載。
前編となる本記事では、環境課題が注目される背景や、DPPやCatena-Xを含めた欧州の取り組みの特徴を詳しく紹介します。
加えて、事前にGPTechとdigglueより挙げていただいた、各社の取り組みと対談テーマに関連するキーワードをもとに、「製造業における持続可能な社会の実現」に向けたお話をお伝えします。
GPTech:脱炭素・カーボンニュートラル・GX
digglue:サーキュラーエコノミー・カーボンニュートラル・DPP
脱炭素とカーボンニュートラルの違い
——脱炭素とカーボンニュートラルはどう違うのでしょうか。
岡村:私の解釈にはなりますが、これまでの資本主義社会、大量生産・大量消費の社会は、基本的に化石燃料を使って成長してきた社会です。
化石燃料は、長い年月をかけて生き物が残してくれたエネルギー密度が非常に高い燃料です。エネルギーの観点では、この非常に質のいい燃料を炭素が入っていないエネルギー源に変えていくという社会全体の新しいチャレンジが「脱炭素」だと捉えています。
一方、カーボンニュートラルはカーボンオフセットを利用しながら、地球全体で炭素の排出と吸収のバランスを取り、ニュートラルにしていくことだと考えています。
これからすべてのエネルギー源を炭素が含まれていないエネルギー源にすることは、非現実的だと思います。
そのため、企業や人々は可能な限り経営や生活の脱炭素化を図りながら、森林や海中(ブルーカーボン)などの自然の力や、CCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯蓄)およびDAC(ダイレクトエアキャプチャー)といった工業的な方法を取り入れながら、大気中のCO2を吸収し、CO2の排出量と吸収量をバランスさせていくことが必要になるのではないかと考えています。
——では、GX(グリーントランスフォーメーション)とはどう説明できるでしょうか。
岡村:GXは、経済的な観点も含め、脱炭素やカーボンニュートラルをビジネスチャンス(変革の機会)として捉えることで、社会の脱炭素化と経済成長を両立していきましょうというコンセプトだと個人的には認識しています。
サーキュラーエコノミーとDPP
——サーキュラーエコノミーとDPPについても教えてください。
中谷:サーキュラーエコノミーは、ごみを出さないものづくりをしていくという思想です。サーキュラーエコノミーはバージン材の使用抑制につながるため、脱炭素にも寄与すると言われています。
digglueはもともとブロックチェーン技術でスタートした会社で、ブロックチェーンを活用してモノや排出物のトレーサビリティを取りたいというお話をいただいていました。
そういった中からサーキュラーエコノミーの潮流が到来し始めていると感じ、かつ社会課題でもあるので、我々としても取り組む意義が高いと考え、今ではパーパスを新たにし、サーキュラーエコノミーの実現にフルコミットしています。
DPP(デジタルプロダクトパスポート)は、製品のライフサイクルに関わる情報を付加し、アクセスできるようにする考え方で、EU発のコンセプトです。
どんな材料を使い、どのようなルーツを辿ってきたか(トレーサビリティ)、製品の廃棄時にはリサイクルできるのか、パーツごとにどのように処分できるかなどが分かるようになるため、サーキュラーエコノミーを実現するうえで、重要なコンセプトです。
一方で、取り組む企業にとっては非常に負担になることも考えられるので、効率よくDPPに必要な情報を取得できるようなサービスを作っていきたいと考えています。
サステナブルが注目される背景
——脱炭素はいつ頃から注目され始めたのでしょうか。これまでも環境分野は一時的に注目を集めては下火になるという流れがありましたが、現在の流れも同じようになってしまうのでしょうか。
岡村:CO2の話で言うと、1990年代後半頃から京都議定書など、日本発の動きがありましたが、当時は政府主体の動きでした。しかし、昨今では、気候変動対応の主体者に企業も加わり、ビジネス観点でも脱炭素がキーワードに加わりました。
そのほか、ルール作りがうまい欧州が動きの中心にいることで、グローバル全体で脱炭素トレンドが高まったことが従来の流れとの大きな違いではないでしょうか。
ただ、炭素は大気中に蓄積され、濃度が濃くなっていくため、当時よりも気候変動インパクトが大きくなっており、経済活動のティッピングポイントを超えてしまうのではないかという議論があります。
ティッピングポイントとは、経済活動などによって環境への負荷が蓄積された結果、地球環境に不可逆的な変化が起きる限界値のことです。
ティッピングポイントを超えてしまうと、地球環境をもとに戻すことはできません。そのため「ティッピングポイントを超えないようにカーボンニュートラルを目指していく必要がある」ということが、社会の重要な共通ゴールとして認識されたのではないかと思います。
CE最先端の欧州と日本の違い
——日本と欧州を比較すると、サステナブル活動にはどういった違いがあるのでしょうか。
岡村:欧州では、政府支援も含め、長期的なプロジェクトに対し投資する文化が日本よりも強いのではないでしょうか。
例えば、ドイツのゾネン社のVPP*1事例は非常に面白い取り組みだと記憶しています。太陽光による電力の蓄電池システムのサプライヤーであるゾネン社は、将来的なVPP見据え、自社発電所(バイオマス発電所)を保有したうえで、VPP事業に向けたコミュニティ構築の取り組みを始めました。
通常、家庭用太陽光だけでは一軒当たりの発電量が多くないため、コミュニティが大きくなるまでは電力供給が安定せず、VPPの事業化は困難です。しかし、ゾネン社は発電量を調整可能な自社のバイオマス発電設備を持ったことで、契約ユーザーに安価かつ安定的に電力を供給できるようになりました。
その結果、経済合理性の観点から、当該コミュニティに参加するユーザーが自然と増え、コミュニティが拡大し、電力会社に対しアンシラリーサービス*2を提供することが可能になります。
この事例では、コミュニティが拡大するまでは事業化が難しいVPPに、長期的な視野で取り組んだからこそ実現できた事例の一つではないでしょうか。*3
中谷:そういった動きが欧州ではあるのですね。先日、NTTドコモがWeb3領域に6,000億円を投資することを発表しましたが、日本でも企業が将来を見据えて大きな投資をするような動きが少しずつ始まってきたとプラスに捉えていいということでしょうか。
岡村:トヨタも、モノやサービスがつながる実証都市「Woven City」の建設に静岡県で取り組まれていますよね。
私も日本産業をリードする超大企業によるこうした取り組みは、多くの企業が長期的なプロジェクトに投資していくための一つのきっかけになるのではないかと期待しています。
*1…仮想発電所・バーチャルパワープラントのこと。工場や家庭などが保有する小規模のエネルギーリソースを、IoTを活用したエネルギーマネジメント技術によって束ね、遠隔・統合制御することで、電力の需給バランスを調整する(経済産業省 資源エネルギー庁より)。
*2…「補助的な」という意味があり、電気事業の主たる電気エネルギーの供給に対して、それを確実に行うため、エネルギー供給には直接結びつかない諸々の補助的なサービス。
*3…独ゾネン社のビジネスモデルなどは、こちらをご参照ください。
欧州発のDPP
——先程ご説明いただいたDPPは、日本ではまだ聞きなれない言葉だと思いますが、日本ではすでに代替されているものがあるのでしょうか。
中谷:日本ではこれまでも製造業・ものづくりにおいて、必要な情報はきちんと見てきました。
例えば、製品の製造過程で「品質は基準に達しているか」「有害物質が含まれていないか」「製品の輸出時には」「その国の規定に合わせて作られているか」などを確認するようなプロセスが組み込まれています。
一方で、それらの過程で取られた情報が一元的に集約されていない点は課題であると考えています。特に、リユースやリサイクルなど、製品ライフサイクル全体での生産性向上を考えると、材料や有害物質に関する情報が、再資源化事業者にも開示されていることが重要です。
DPPは「製品情報を一つにまとめていき、誰でも閲覧できるようにして活用していこう」というコンセプトであり、企業をまたいだ情報連携が、今後の製造業において重要になるのではないかと思います。
岡村:ドイツでは、自動車産業において企業間で情報連携をするためのアライアンスとしてCatena-X(カテナエックス)が設立されましたが、Catena-XはDPPになるのでしょうか。
中谷:そうですね、Catena-X*3は、DPPを実現する枠組みの一つと捉えられると思います。
欧州では、バリューチェーン全体でデータを共有するためにGAIA-X(ガイアX)という取り組み、ルール作りが進んでおり、その自動車業界版として2021年に「Catena-X(カテナ-X)」が設立されました。
自動車におけるライフサイクルに関する情報が、すべてCatena-Xに集約されるようになると、DPPの実現も容易になりますし、CO2削減や資源循環率の向上といった持続可能な社会づくりに必要な取り組みをしやすくなるのではないでしょうか。
*4…Catena-Xとはカーボンニュートラルに向け、自動車業界において、安全な企業間のデータ交換を目指すアライアンス。ドイツのBMWグループとメルセデス・ベンツが2021年に設立。企業間でデータをつなぐことにより、自動車のバリューチェーン全体での効率化、最適化、競争力の強化、持続可能なCO2排出量削減などの実現を目指す。自動車メーカー、自動車部品メーカーなどの自動車産業だけでなく、アプリケーションベンダーやプラットフォームベンダーなどさまざまなプレイヤーが参加している。
<対談者プロフィール>
岡村知暁
株式会社グローバル・パートナーズ・テクノロジー
シニアマネージャーSOLIZE株式会社(旧株式会社インクス)の業務変革コンサルタント、大手外資系の総合コンサルティングファームのサステナビリティ経営コンサルタントを経て、2022年8月からGPTechに参画。GPTechでは、IT調達支援などのプロジェクトを実施しつつ、ITプロジェクトのノウハウを活用した新サービス「脱炭素経営支援サービス」の立ち上げや、IT×サステナビリティ領域におけるサービス企画・開発も行っている。
中谷元
株式会社digglue
代表取締役COOSOLIZE株式会社(旧株式会社インクス)の業務変革コンサルタントとして、製造業(自動車、精密部品、重工業など)や金融保険業を中心に変革を起こす。2018年にCEO 原とdigglueを設立。コンサルタントとして現場オペレーションをしつつ、サーキュラーエコノミー実現に向けた事業を開発している。
Twitter:https://twitter.com/h_nakata2
<企業紹介>
■株式会社グローバル・パートナーズ・テクノロジー
「この国のシステム発注の常識を変える。」を経営理念に掲げるコンサルティングファーム。ITユーザー企業における人材・知識・体制不足の課題にフォーカスし、ITユーザー企業の体制強化に特化したCIOアウトソーシング事業を展開。発注者の立場から経営戦略をベースにしたIT戦略を立案し、IT投資の効果を最大化する。2022年10月より、中堅上場企業を対象にした「脱炭素経営支援サービス」の提供を開始。
コーポレートサイト:https://gptech.jp/
■株式会社digglue
「テクノロジーで持続可能な世界を実装する」をパーパスとする日本発の資源循環クリーンテックスタートアップ。ブロックチェーンの開発・実装技術と、あらゆる現場に入り込み業務プロセスを可視化するコンサルティングに強みを持ち、現在、プラスチックの資源循環を推進するプロダクト「MateRe(マテリ)」を開発中。
コーポレートサイト:https://digglue.com/
<著者プロフィール>
草彅萌生
2022年にdigglueへ新卒で入社。マーケティング・広報を担当。
- Original:https://techable.jp/archives/187552
- Source:Techable(テッカブル) -海外・国内のネットベンチャー系ニュースサイト
- Author:はるか礒部
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