トランギア「メスティン」は日本のキャンパーによってクッカーになった

【The ORIGIN of the CAMP GEAR】

「実はメスティンは “食器” を意味する名詞で、トランギアの『メスティン』も元々はクッカーではなかったんです」

そう話すのは、イワタニ・プリムスのブランド担当である鈴木さん。同社は30年以上前から、正規代理店として日本国内でトランギア製品を販売しています。

日本のキャンプシーンにおいて、固形燃料を使った炊飯やSNS、漫画等のメディアで一躍有名になったトランギア「メスティン」。今でこそたくさんの “メスティン”が日本市場には並んでいますが、同社の「メスティン」がその元祖と言えるでしょう。今ではクッカーのド定番とも言えるギアです。

▲飯ごうとしても優秀な「メスティン」。このサイズ感がソロキャンプにちょうどいい

そんな「メスティン」が実はそもそもクッカーとして使用されていなかったとは。角型飯ごうだと信じてやまなかった私としては驚愕に驚愕を重ねているわけでが、そんな「メスティン」について、深掘りしていきます。

 

■創業90年以上!スウェーデン軍に採用された実績もある、安定と信頼のクッカーブランド

1925年に創業し、1930年代にはアウトドア用調理器具を主軸にしたTrangia(トランギア) 。そもそもトランギアは家庭用の調理器具からスタートしたブランドで、品質のよいバージンアルミを素材に使用した製品が人気です。

▲アウトドア用のアルミ製品以外にもアルコールバーナーでも有名

今回紹介する「メスティン」以外にも、選択肢も多く組み合わせ自由な「クッカー」シリーズや、アルコールバーナーをより効率良く使用可能にする「ストームクッカー」シリーズなど、アウトドアでの調理を快適にするギアたちを数多く生み出しています。

▲アルミ製の商品は創業から今日まですべて自社工場で生産

トランギアのほぼすべての商品は、創業から今でも変わらず、スウェーデンのトロングスヴィーケンにある自社工場で製造されています。

「トロングスヴィーケンはスウェーデンの中でも湖や山々に囲まれた自然豊かな地域にある村で、トランギアの名称は、地名と使用する素材にちなんでいるんです。 “Trang”はTrångsviken(トロングスヴィーケン)の “Trång” から、最後の “ia” は “in aluminum” を指しています」(鈴木さん)

ブランド名からも、アウトドアに最適な土地で、アウトドアにピッタリの素材を使用し開発を続ける、同社のモノづくりへのプライドが垣間見られます。

▲実際にスウェーデン軍に採用されたアルコールバーナー。オリジナルモデルより少し大きくデザインされている

また、1960〜70年代には同社のアルコールバーナーがスウェーデン軍に採用されたり、正確な資料は残っていないようですが、「メスティン」も大戦中には既に使われていたという話もあるそうです。よりハードな使用が想定される軍隊で採用されたことからも、同社の技術力や品質の高さが伺えます。

 

■評価のポイントは「どう使ってもちょうどいい」使い勝手の良さ

いまやクッカーとして不動の地位を確立している「メスティン」。評価されているポイントは、その使い勝手の良さに尽きるでしょう。

アルミ製で軽量。取手もついていて、収納性も高い箱型デザイン。しっかり蓋が閉まって2合弱(1.8合)の米を炊けるという、飯ごうとしてソロ・デュオにちょうどいいサイズ感。

▲炊いて良し、煮て良し、焼いて良しの万能クッカー

さらに鍋としても使えるし、炒めものも作れる。ふた回り大きいサイズの「ラージメスティン」なら、グループでのちょっとしたツマミを作るのにもぴったり。

また、小物の収納ケースとしてもバッチリなサイズ感で、調味料を入れた小型のボトルを中に入れて持ち運んだり、小型のナイフやファイヤースターターに麻紐など、焚き火回りの道具を収納して使うキャンパーも少なくありません。

私も「メスティン」を2台、「ラージメスティン」を1台、散々使い倒しましたが、クッカーとしても収納ケースとしても使い勝手の良い、持っていても持て余さない使用感の良さが気に入っています。

ちなみにメスティンを長く使いたいなら、「一般的なクッカーと同様にはなりますが、“使用中は1点に炎が集中しないようにする”、“空焚きしない”、“汚れが表面に残らないようにしっかりと洗い落とす”、“洗ったあとは完全に乾燥する”。これらに気をつけると、より長くお使いいただけます」(鈴木さん)とのことです。

▲他のクッカーでも当たり前だが、空焚き厳禁。私は一度空焚きでだめにしました…

 

■クッカーとして使うのは日本だけ!?

ここまでクッカーとして紹介してきましたが、実はこの「メスティン」、かなり古くからある“食器”なのだそう。鈴木さんによると「本国スウェーデンやヨーロッパでは、調理したものをよそうお皿として使うか、お菓子やサンドイッチなどを入れるフードコンテナとして主に使用されてきたアイテム」だというのです。

シェラカップのような食事の際の容器として使う、あるいはお弁当箱として使うのがそもそもの使い方だったとか。

▲スリムで角型なのでバッグにしまいやすいデザインで、確かにランチボックスとしても優秀だった。パンは焦がした…

ではクッカーとして使うのはNGなのかというとそんなことはなく、「海外ではクッカーとして使用されていませんでしたが、日本の影響で使用する人が増えてきています。日本ではクッカーとして販売していますし、安心してお使いいただけます」(鈴木さん)とのことです。

さらに言えば、“角型” “蓋付き” “ハンドル付き”の、この形状や構造のアイテムを“メスティン”と呼ぶのかと思っていたら、それも違うとか。

▲ラージメスティン(左)とメスティン(右)。どちらも絶妙なサイズ感で使いやすい

鈴木さんによれば「諸説ありますが、 “メスティン” は元々 “食器全般” を指す言葉で、あくまで一般的な名詞です」ということで、日本では “メスティン” といえば箱型の飯ごうをイメージしますが、これもあくまで“メスティン”の一部。

少しややこしいですが、実際は用途に合わせたさまざまな“メスティン” があるわけで、日本ではトランギアの「メスティン」が有名になりすぎて、 “箱型に取手付きのクッカー” = “メスティン ”となったように思います。

確かにミリタリー系のショップを覗くと、給食のワンプレートみたいなお皿が “メスティン” という名前で売られているのを見たことがあります。

▲「メスティン」の蓋はお皿代わりにも。縁が立ち上がっているので汁気があっても大丈夫

また、トランギアの「メスティン」以外にも、 “メスティン” という商品名のクッカーが多く出ていますが、これは“メスティン”が商品名ではなく、一般的な名詞だから。なぜトランギアの商品と同じ名称で同様のアイテムを各社が出せるのかと思ったのですが、そういう理由だったわけです。なるほどなぁ。

「ちなみにトランギアの『メスティン』の原型は元々だるま型というか、丸みを帯びていて、ちょうど真ん中がくびれている仕様だったそうです。その後、長方形に成型する技術が確立され、現在の形状になったと聞いています。弊社が取り扱いを始めた30〜40年ほど前には既にこの箱型形状でした」(鈴木さん)

▲トランギア本社に保管されているメスティンの前身となる製品

だるま型だった理由は、鈴木さんによると「長方形型に成型するのは難しく、生産方法が確立されていなかったと聞いています」といいます。歴史あるギアだと、成型技術の変遷も含めて興味深い。

 

■日本発祥の“クッカー「メスティン」”だからこそのブラッシュアップ

ところで、「メスティン」を使用する前に行ったほうが良いされる処理があることをご存知でしょうか。例えば“バリ取り”。「メスティン」の蓋回りの処理が甘くバリが残っていて、蓋の閉まりが悪いし、怪我をしやすい。だから、ヤスリを使ってバリを処理すると安全で使い勝手が良くなりますよー、というもの。主に個人ブログを中心に広まった方法です。

▲蓋がしっかりしまるのもトランギア「メスティン」の強み

普通に使えていたので私はやったことはありませんが、確かに該当箇所を触ってみると少しザラザラしていたのを覚えています。大体8年ほど前の話ですが。

せっかくなので、このあたりについても聞いてみました。

「以前はお客様からそういった話をお聞きすることもあり、その旨をトランギアに伝えていました。その甲斐あってか、今はバリ取り専用の機械が導入されており、数年前から販売されている『メスティン』はバリがほぼありません」とのことです。

▲日本のユーザーの声も反映して、地道なアップデートが繰り返されている

ピーク時には、世に流通するトランギア「メスティン」の9割程度が、日本市場に入ってきていたそうで、日本のキャンパーの声はトランギアにとっても非常に重要。トランギアは2017年に新社長に代替わりしたそうですが、特に「メスティン」についてはイワタニ・プリムスとの連携の中で品質向上が行われているのだとか。本国スウェーデンやヨーロッパではクッカーとして使われていないからこそ、日本のキャンプシーンのフィードバックは重要とのことです。

他にも「ハンドル部分のチューブも実は数年前から専用に設計された樹脂製パーツに変更されているんです。これまでと違って取り外しができるので、火にかけたときに溶かす心配のない仕様に変更されています」とのこと。

▲確かにハンドル部分が変わっている! みなさんも手持ちの「メスティン」と見比べてみて

これも、日本のキャンパーがクッカーとして使用する際に「ハンドル部分を熱で溶かしてしまうのをなんとかしてほしい」という声を反映して、2020年前後から実装されているといいます。

それだけトランギアが日本のキャンプ市場を重要視してくれているのは、どこか嬉しく感じます。

ちなみに、ハンドル自体も実は少し長くなっていて、これも日本のキャンパーがクッカーとしてより使いやすいように意図されているんだとか。

▲ハンドル部分がチューブだった頃の「メスティン」

世界的にもキャンプブームが起こっている状況下で、日本の「メスティン」の使い方は海外でも認知されてきているようです。

「一部の海外のキャンパーの中で『メスティン』でアジア料理を作るのが流行りつつあると先日トランギアの社長からお聞きししましたし、私がトランギアのオフィスを訪問した際には、一緒にメスティンでの調理を逆に体験してもらいました(笑)」(鈴木さん)

日本発の“メスティン”文化が世界のキャンパーのスタンダードになる日もそう遠くないのかも。

 

■オリジナルだからこその強み。安定した品質管理とレガシー感

今や “メスティン” といえばアウトドアブランドだけなく100円ショップでも販売されているくらい知名度が高く、人気のギア。そんな大メスティン時代とも言える今のキャンプシーンにおいて、トランギア「メスティン」のオリジナルこその強みとは、どんなところでしょうか。

鈴木さんは「まずは安定した品質管理」と言います。

「一般的には本社と生産拠点が異なることが多いですが、生産状況の管理にも、フィードバックの反映にも時間がかかってしまう。ですが、トランギアは本社から歩いて行ける距離に工場があるので、レスポンス早く商品のブラッシュアップが可能なんです」

これは創業者の意向で、製品の品質が必ず確認できるように、目の届く範囲で生産を続けているのだそうです。

▲ハンドル取付部のリベットにも試行錯誤があったそう

他にも「完全オートメーションではなく、必ず職人の手が入ること」も強みのひとつ。工場と聞くと、大きな建物に、大きな機械があって、自動で昼夜問わず生産をしているイメージを抱きますが、トランギアは “町工場” のような形なのだとか。

「90人ほど社員がいますが、本社には10名程度で、それ以外は工場で働く職人たちです。若い人から50年ほど勤め続けている人まで、たくさんの職人によってトランギア製品は作られています。少しずつ機械を入れてオートメーション化を図っていても、大部分には職人の手が入っています。だからこそ、品質も安定していますし、こちらからのフィードバックの反映も早いんです」(鈴木さん)

▲同じアルミ素材だが、実は本体と蓋で違うアルミ素材を使用している

創業者の想いを引き継ぎながら、人の手をいれることはやめない。だからこそ、安定した品質の商品を販売し続けられるというわけですね。このレガシー感もまた、大量生産の製品と違ったトランギア「メスティン」だからこその良さではないでしょうか。

*  *  *

クッカーとしてはもちろん、なにかと取り回しの良いサイズ感やデザインで人気のトランギア「メスティン」が、実はクッカーとして使われていなかったという衝撃の事実。

ブランドと正規代理店の二人三脚で、クッカーとしての使用感を向上するアップデートを細かく積み重ねてきたからこそ、今でも “メスティン” の元祖として人気を博しているのかもしれません。

>> トランギア

>> [連載]The ORIGIN of the CAMP GEAR

<取材・文/山口健壱

山口健壱(ヤマケン)|1989年生まれ茨城県出身。脱サラし、日本全国をキャンプでめぐる旅ののち、千葉県のキャンプ場でスタッフを経験。メーカーの商品イラストや番組MCなどもつとめる。著書に「キャンプのあやしいルール真相解明〜根拠のない思い込みにサヨウナラ」(三才ブックス)

 

 

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