多様な言語と文化が共存する多民族国家インド。英語話者が1億人を超えるアジア最大の英語大国である一方、公用語であるヒンディー語を含め22の憲法公認言語が存在する。一説には、方言を含めて約600もの言語が話されているという(正確な数字は不明)。多言語で書かれたインド紙幣を見たことがある人も多いのではないだろうか。
日本では、日本語で情報提供されることを違和感なく受け止めている人が多いが、インドのような多言語社会の場合は、そうはいかない。言語はアイデンティティを形成する重要なファクターであり、母語でコミュニケーションを取り、情報を共有したいと考える人々の需要は高まっている。英語話者が集中する都市部よりも、特に農村部の人々にとって切実な願いだ。
このような背景を持つインドで誕生し、高い支持を得ているSNSがShareChatである。ヒンディー語を含む15の公認言語と各地域コミュニティに対応し、月間アクティブユーザー1.8億人を誇る国民的人気アプリの実態に迫ってみよう。
あえて英語非対応でインド国産SNSとして台頭
アプリ名称は「ShareChat」だが、対応言語から英語をあえて除外。ユーザーがアプリをインストールすると、まずヒンディー語やウルドゥ語、テルグ語など15の地方言語からいずれかを選択するよう指示される。 利用者の7割はZ世代およびミレニアル世代。25~34歳という比較的若い世代の支持を最も多く集めている。ユーザーはテキスト、画像、動画、音声、GIFの形式で、自説や小説、詩、ジョークにミーム、絵・写真・アニメーションなどのアート作品、歌や音楽、ダンス、料理、コンサート・ライブ・旅行の体験談など、さまざまなコンテンツを投稿できる。 投稿以外にもフォローやタグ付け、いいね、コメント、リポスト、ストーリーズ、DMなど、XやInstagramで馴染みのある機能も提供し、ユーザー間のコミュニケーションを促進する。地域共同体の結束強化、SNSの価値上昇のシナジー
ShareChatは、SNSアプリをただ単に多言語展開したものではない。ユーザーがアプリ上で体験するすべてを“ローカライズ”したものだ。
成功を果たした最大の要因は、インドの言語多様性とその重要性に対する深い洞察だろう。15の地域言語に対応するため、言語はもちろん各地域の価値観や文化、習慣、トレンドを研究。地域共同体をサポートするユーザーインタフェースを開発した。
共同体による共同体のためのコンテンツを現地の言葉で制作・共有できるプラットフォームを実現し、その言語話者同士の交流の場として言語ごとのコミュニティやチャンネルを提供。ShareChat上では地域のお祭りや伝統行事、文化イベントなどに関するコンテンツが数多く共有される。例えば、2023年の月探査機「チャンドラヤーン3号」打ち上げの際は、100万人のユーザーがライブ配信を視聴し、20万人のユーザーがチャットルームに参加して歴史的瞬間を祝った。
8月15日の独立記念日には2000万人超のユーザーがログイン、コンテンツ数は50万件、視聴回数は20億回超、共有数は1時間当たり最高350万件に達した。ディワリやホーリーなどのお祭りでも同様に、数多くのユーザーが祝福のメッセージ、写真や動画などを母語で投稿。地域共同体の結束を高め、ひいては地域言語プラットフォームShareChatの価値も高めている。
他に、データ接続やスマートフォンへのアクセスが容易ではない地方のユーザーにも配慮、パーソナライズしたコンテンツをユーザーにプッシュして検索を簡素化した点も評価できるだろう。クリエイターフレンドリーなSNSとしてコラボも積極的に展開
また、ShareChatはクリエイターが自分の地域の文化や価値観、伝統や習慣に根差したオリジナルコンテンツを自分の言語で作成・共有することを推奨。クリエイターの収益化にも積極的で、オーディオチャットルーム(リアルタイム音声コミュニケーション)やクリエイターへのバーチャルギフティング(投げ銭)、2~15分までの長編動画を作成できるフォーマットSCTV、認知度向上や限定キャンペーン実施に役立つクリエイターバッジなどの機能を提供している。
クリエイター自身はオリジナルコンテンツを通じて地域共同体での影響力を高められ、同じ地域共同体に属するユーザーは地域に関する情報を母語で取得したり、エンターテインメントを楽しんだりできる。
ShareChatはさまざまな言語や地域の人気インフルエンサー、コンテンツクリエイターと積極的にコラボレーションを行い、その言語や地域のコンテンツ活性化に寄与。他にもAIを活用したShareChat広告でクリエイターと企業を結び付けて地域キャンペーンを実施するなど、ユーザー体験とブランド価値を共に向上させている。運営企業Mohalla Techの急成長と成功要因、直面する課題
ShareChatを運営するMohalla TechはAnkush Sachdeva氏、Bhanu Pratap Singh氏、Farid Ahsan氏のインド工科大学卒業生3人組が2015年に創業。ShareChatの成功に続き2020年にリリースした短尺動画アプリMojはインド版TikTokともいうべき存在になっている。
ShareChatとMoj両アプリの人気で急成長を遂げた同社。2021年4月にTiger Global主導のラウンドで約760億円を調達してユニコーン企業の仲間入りを果たす。2022年にはTwitter、Google、Times Groupなど、そうそうたる企業から総額約390億円の資金調達に成功した。
しかし2022年に50億ドルまで上昇した同社の評価額は、世界的不況の煽りを受け翌2023年には15億ドルまで低下した。ファンタジースポーツアプリやライブ音声チャットなどの新しい戦略をもってしても、収益性の維持に苦戦している。
コスト基盤を合理化して、今後4~6四半期で収益性の達成を目指している。2002年末からの3度にわたる人員削減や、最大のコストセンターであるサーバーコストの大幅削減を実行しているが、果たして功を奏すだろうか?インドの言語多様性に対応することで地域のアイデンティティの再構築と地域活性化に貢献し、独自の地位を築いたMohalla Tech。今後も地域コミュニティとクリエイターの力を活かし、公益性の高さを維持しながら、さらなる成長が期待される。経営陣の手腕とインドの底力に期待したい。
参考・引用元:
ShareChat
Mohalla Tech
(文・gracen)
- Original:https://techable.jp/archives/230779
- Source:Techable(テッカブル) -海外テックニュースメディア
- Author:芥田かほる
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