<ヴィブラムってナニ?>
ヴィブラム(Vibram)…シューズマニアに限らず、その名を一度は耳にしたり、目にしたりしたことがあるのでは。でも、名前はよく聞くけど一体全体何のことで、どんなソールで、どんな会社なのか?おそらく、知っているようで知らない人の方が多いのカモ。
そんなめくるめくヴィブラムのディープな世界を教えてもらおうと、今回はヴィブラムジャパン社のショールームに伺って、ジャパン マーケティング マネージャー平野伸弥さんに、ヴィブラムの歴史、特徴、そしてヴィブラムジャパンのお仕事についてなど、前後編2回にわたっていろいろとお話を聞いてみた。
■知っているようで知らない「ヴィブラム」の歴史
▲ヴィブラムジャパン マーケティング マネージャーの平野伸弥さん
まずは、ヴィブラムの歴史を、ヴィブラムジャパン マーケティング マネージャーの平野さんにお聞きしながら簡単にご紹介。
ヴィブラムは、1937年にヴィターレ・ブラマーニが創業したソールブランド。ブランド名は、ヴィターレ・ブラマーニ(Vitale Bramani)の名前(Vi)と苗字(Bram)をくっつけてヴィブラム(Vibram)にしたものだそう。「もともと登山をしていた彼は、山岳ガイドや登山用品店をミラノ市内に持っていたり、いろんなことをやっていたりした人なんです」と平野さん。
ブランドの八角形のロゴは、お店があったミラノ市内のアーケードの中央の交差点の形から着想を得たという。平野さんは「日本だと亀甲という伝統的な図柄の八角形なのですが、欧米だと実はあまりない形でして、彼の郷土愛的なロゴなんです」と語る。
ちなみに、現在、彼のひ孫であるマテオ・ブラマーニ氏が日本支社にいるそうで、平野さんが彼から聞いた話によると「ロゴの文字は、ヴィターレさんが山岳でルートを開拓したときに地図に書いていたサインがこの形だったらしいです」と、家族ならでは裏(?)情報も。
ヴィターレ氏は35歳のときに仲間6人と山に登った際、自分以外の仲間が亡くなった事故がきっかけで靴底の開発を始めたとのこと。「これが滑落とか雪崩とかではなく天候変化での事故で、彼は当時の靴の性能や機能が天候の変化についていけなかったから事故が起こったと考えて、靴ではなくソールの研究を始めたんです」と平野さん。そもそもそんな簡単にソールの研究や開発という発想が生まれるのか、という疑問には、「もともと彼の生家が木工職人で、手を動かせる環境にあったというのもあります」と続けた。
とあるタイヤメーカーの創業家の人からのアドバイスなどもあり、1937年に最初のゴム製ソール「カラルマート」というデザインが生まれたのだそう。しかし、平野さんによればゴム底としては世界最初ではないらしい。「それまでは加硫という体育館履きみたいなゴム底はあって、登山靴としては初めてのゴム底なんです」と説明する。
▲こちらが「カラルマート」のレプリカ。デザインのなかにさまざまな機能が備わっている
それまでの登山靴のソールはレザーに金属のラグ(突起)を打ち付けたもので、「革って濡れるし凍るという問題があるからそもそも高い山には向いておらず、しかも金属だと雪とか泥はグリップしますが氷の上だと滑ってしまう。さらに熱伝導率が高いから冷たいところだとどんどん足が冷えるんです。それがラバーになったことで、氷の上でもある程度グリップするし、熱伝導率が低いから冷えにくい。彼はそういうものを発明したんですよ」と平野さん。さらにそれをビジネスにするべく、アルビッツァーテというミラノの近くにある町に工場をつくり、量産体制に入ったのだそう。現在も同じ場所に本社があるとのこと。
■未踏峰への挑戦で広がったブランド力
さて、1937年に「カラルマート」のデザインを発明したが、1940年代は世界が第二次世界大戦へと流れていった時代。物流や通信もいまほど発達していないため、急にラバーソールが世界に広まるわけではなかった。しかし、その後、ある出来事がきっかけで世界中に広まる。「1945年に終戦を迎えて、勝った国も負けた国もお金がないから国威高揚したいという思いがあったわけですが、そんななか山岳の世界で国威高揚するには未踏峰に登ることが一番だったんですよ」と平野さん。当時はまだ未踏峰がたくさんあったそうで、ヴィブラムは「世界で二番目に高い山、K2に最初に登頂したイタリア隊にソールを供給したんです」と話す。
現在の少人数、少ない荷物で登山するアルパインスタイルとは異なり、当時は極地法というポーターをたくさん雇い多量に荷物を上げて、靴も何回も履き替えるという方法で登山していた時代。この時、ヴィブラムは履き替える靴すべてにソールを供給したのだという。
平野さんは「これって登山家の目線でいくと、いままで行けなかったところに行けたから「ヴィブラムすごいね!」って。靴の開発者の目線だとこういう極地でのテストに成功した「すごいソールがある!」ということで、これがきっかけで世界中に広まったんです。これが1954年の話」。そこからヴィブラムの名前が世界に広まったのだそう。
そもそも本社が開設された場所は、ミラノの北約55km、スイスから10km強くらいの場所、ヨーロッパアルプスのすぐそばで、モノを作ったらすぐにテストができる環境なのだという。「歴史的にK2での試験的な試みだけではなく、ずっとテストを大事にしている会社なんですよ」と平野さんはヴィブラムの歴史について話してくれた。
■ヴィブラムジャパンのお仕事
▲こちらがヴィブラムジャパンのショールーム
ところで、ヴィブラムジャパンとはどんな仕事をしている会社なのだろうか。引き続き平野さんにお話を聞いた。
――ヴィブラムジャパンとは一体全体どんなことをやられている会社なのでしょうか?
基本的には、ソールをお客さまに提案するというのがメインの商いなんです。だから、ショールームにさまざまなメーカーのお客さまが来て、いろんなサンプルをご覧いただいて、そこから靴が出来上がっていく…と、だいたい9割くらいがそのようなビジネス。残りの1割がリペア事業なんですよ。
――リペアというのは、いわゆる修理屋さんなどでのソールの張り替えということ?
そうです。ヴィブラムジャパン自体は在庫を積んで商売している形態ではなく、代理店がいて、そこが靴のメーカーさんや修理屋さんにソールを卸すという形なので、立ち位置としては取次みたいな仕事をしている会社なんですよ。会社の規模感としては、代表を入れて今5人で、靴の業界とか、スポーツアウトドアの業界からすると、かなりブランド認知度は高いと思っていますが、その割には会社の規模はすごくコンパクトなんです(笑)
――商品としてはさまざまな分野の業界に出されているわりには少人数なんですね。アウトドアもそうですし、スポーツもそうですし、ライフスタイルとかも。
そのほかに安全靴とか、最近だと足袋の商談もありますね。およそ人間が履くものすべてが対象になってくるので、年間で名刺を500枚くらい使います。ブランド自体は以前からご存じですか?
――もちろんです!10代から雑誌でお名前を拝見してまして「ヴィブラムってなんなんだ!?」みたいな。
私が高校生、大学生くらいだった80年代後半は、レッドウィングのブーツを履いて、シェラデザインズのマウンテンパーカーを着て、みたいな時代がありまして、そのくらいの世代ですとワークブーツでヴィブラムを知っている感じなんですよ。
チペワやレッドウィング、一部ではウェスタンブーツとか。だから、この世代だとヴィブラムってアメリカのブランドだと思っている方も結構いるのですが、いつもまず最初に「イタリアのブランドですよ!」というお話から会社の説明をしています。世の中に靴好きの人っていっぱいいると思うのですが、その中の一部の人たちは自分で「靴を作りたい!」と思う人もいますよね。でも、靴底、ソール部分を作ってみたいと思う人はなかなかいないと思うんですよ。
▲ヴィブラムジャパンのショールームの棚には、さまざまなデザインのソールが所狭しと収められている
--たしかに。未踏峰だったK2への登頂がきっかけで世界に名前が広まったと伺いましたが、ほかにもそういう例があるのでしょうか?
実は1956年に世界で8番目に高い山に日本隊が登頂しているのですが、いくつかの文献によるとやはりヴィブラムのソールが貢献したという記述が残っています。
--そんな話があったんですね。
■厳しいテストを経て製品に
――テストを大事にされている会社というお話しでしたが、どのようなテストをされているのでしょうか?
ソールのテストって、ソールだけでやっても意味がなくて、靴にしてから…アッパーを靴型に沿わせて中底に固定する作業の一環で"つりこむ"と呼ぶのですが、つりこんだ時にネジレていたり、凹んでいたり、出っぱっていたりしたら機能しない、だから靴にした形で人が体重をかけてテストをするようにしているんです。
中国にヴィブラム テクノロジカルセンターというVTCと呼ばれるテスト施設があって、氷点下の部屋や、人が紐を引っ張って、何キロの負荷を掛けたら滑るかのテストをしたり、建物の屋根自体もテストランプになっていたり、建物内部にも道があって、途中で木道になっていたり、岩になっていたりと、どこでもテストができる環境の施設があるんです。
――テストだけに特化したすごい施設なんですね。
特に、凍結路面に対応している「アークティックグリップ」に関しては、スライスと呼ばれる加工部分がきちんと氷の上に乗っていないと機能しないんです。だから、お客さまが靴のサンプルを作ったらお借りして、そこでテストをして、ダメだったら発売ができない、つまり作り直しなんですね。
――作り直し!?なかなか厳しいですね。
あとは靴のテストの国際基準というのがありまして、それに準じたテストを行い、レポートをお返しするサービスもやっています。そんな感じで、ラボで引っ張ったり削ったりする物性のテストをして、
VTCで人が履いてテストをして、最後にフィールドでテストする。ここでOKだったらやっと供給します。というのが、ヴィブラムの開発の段取りですね。
テストに関しては、今まで人が履いて100万km以上のテストをしていて、必ず人が履いてテストをするということ大事にしている会社なんですよ。
――100万km以上!?話が壮大すぎですが、さすがという感想です。年間ではどのくらいの生産量になるのでしょう。
いまは年間で4000万足生産しています。例えば、登山靴で日本国内で30万足売っていたらビッグブランドなのですが、それとは二桁違うといえばわかりやすいかなと。だから、かなり膨大な数量ですよね。
1シーズンに150モデル、年間で300モデル、新しいものがどんどん開発されているから、本社の金型の倉庫はライブラリーです。
▲棚の上には、さまざまなサンプルのシューズが陳列
――あまりにも数が膨大すぎて、ちょっとすぐにはピンと来ない数字ですよ。
ソールに関しては当然性能や機能があって、「それってナニからできているの?」という話になるとおもうのですが、それはデザインとコンパウンドの組み合わせでできているんです。
■デザインとコンパウンドがソールの要
――デザインという言葉が出てくると、どうしてもアッパー部分の話が一般的な感じかと。
そうですね。一般の言葉でいうとパターンと言う人が多いのですが、ヴィブラムの場合はデザイナーがモノを作っているから、必ずデザインという言葉を使用しています。デザインに関しては、初期のモデルである「カラルマート」を例に説明しますが、コチラはもともと登山用のソールで、前足部は岩に掛けたときにグリップしやすいように縦方向のラグ、靴底の凹凸部分ですね。そして母指球と小指球のところは安定しやすいように放射状のラグ、かかとにはブレーキが効きやすいように水平のラグという形で機能があってデザインされています。
あとは、泥や雪が詰まったときは当然デザインが機能しないわけですが、足を地面につけたとき、そして離したときに、詰まったものが抜けていく構造になっている、セルフクリーニングと呼ばれる機能があります。
▲「カラルマート」のデザインにはセルフクリーニングと呼ばれる機能が」
――そんな機能まで!?
「カラルマート」だとラグは台形になっていて、靴を煽ったときに抜けていくという、クリーニング機能が備わっているんです。これが模倣品とは決定的に違う部分。きちんと山岳で開発されたものだからこその機能なんです。
あとはデザインと組み合わせるコンパウンドと呼ばれる部分なのですが、コンパウンドって我々は日本語で"配合"と訳していて、料理で言うレシピですね。
――素材部分ということですね。
よく「ヴィブラムって何がすごいの?」と聞かれるのですが、私はカタログの厚さだと思っています。
用途に応じてコンパウンドを何十種類も開発しているのはヴィブラムだけなんですよ。例えば、垂直の岩を登るクライミング用コンパウンドを開発していたり、濡れたところと乾いたところを激しく行ったり来たりするようなアクティヴィティ、トレイルランニングで使用するコンパウンドを開発して、それで「MEGAGRIP(メガグリップ)」ができたり。あとは、濡れた氷の上で滑らないで安全に歩けるものを開発しようとして「ARCTIC GRIP(アークティックグリップ)」というテクノロジーが生まれて、と。用途とか、何をするとか、どこにいくとか、どんな天気だとか、あらゆるところに応じてのコンパウンドがたくさんあるんです。
▲こちらがクライミング用のコンパウンド
――コンパウンドとグリップとはイコールということなんですね。
そうです。コンパウンドがグリップを司っていて、デザインはトラクションを司っている。じつはトラクションに該当する日本語はなくてですね、推進力とか制動力のようなことなのですが、その組み合わせがソールの性能なんです。
【後編】ヴィブラムのスゴさを体験 編につづく
>> Vibram
<写真&文/カネコヒデシ(BonVoyage)>
カネコヒデシ|メディアディレクター、エディター&ライター、ジャーナリスト、DJ。編集プロダクション「BonVoyage」主宰。WEBマガジン「TYO magazine / トーキョーマガジン」編集長&発行人。ニッポンのいい音楽を紹介するプロジェクト「Japanese Soul」主宰。 バーチャルとリアル、楽しいモノゴトを提案する仕掛人。http://tyo-m.jp/
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