街を歩いていると、多くの軽バンや軽トラック(軽トラ)とすれ違います。配送や職人たちの道具を現場まで運搬するクルマ、農作業など、日本中で人々の暮らしを支えています。その積載性や利便性に注目し、趣味を楽しむためのクルマとして利用している人も多くいます。
現在、軽バンを製造しているのはスズキ、ダイハツ、ホンダ、三菱の4社。そして軽トラを製造しているのはスズキとダイハツのみ。かつて自社で製造していたスバルやマツダはOEMモデルを販売。軽トラを製造していたホンダは軽バンのN-VANのみ製造・販売しています。三菱はEV軽バンのミニキャブEVを販売していますが、ガソリンモデルは軽バン、軽トラともにスズキからのOEMモデルになります。
本記事では軽バンと軽トラについて、スズキでエブリイとキャリイの開発責任者を務める伊藤二三男さんの解説を交えながら掘り下げていきます!
■そもそも軽バン・軽トラってどんなクルマ?
軽自動車は日本独自の規格で、サイズや排気量が厳密に決められています。
全長:3.40m以下
全幅:1.48m以下
全高:2.00m以下
排気量:660cc以下
そして税制の優遇を受ける軽商用車(貨物自動車)は、軽自動車規格を満たしたうえで、床面積や最大積載量、荷室開口部の大きさなどが細かく決められています。いくつもある要件をひとつでも満たしていない場合は、商用車ではなく乗用車になってしまうのです。
軽商用車の開発では、荷室の面積と後席の面積の要件を確保しながら使い勝手をいかに上げられるかポイントとなります。軽自動車の規格寸法内で、前席、特に運転席の前後空間を決めて、荷室面積を最大化する工夫を検討します。あわせて後席のスペースは商用要件を満たす範囲で最大化するための工夫を検討していきます。(伊藤さん)
具体的には、バックドアをできるだけ薄くして、リアシートは背もたれの角度や厚みを構造要件が満たせるよう最適化。荷室は内張りを薄くすることで荷室幅を確保しているそう。
ここで、スズキの乗用モデルであるエブリイワゴンと軽バンであるエブリイの車内を比べてみましょう。
▲エブリイワゴン
▲エブリイワゴンの荷室スペースにはポケットが設けられ、利便性が高められている
▲エブリイの車内。リアシートは簡易型で、背もたれが低く薄い。荷室床面積を確保するためにシート取り付け位置もエブリイワゴンより前になっている
▲エブリイは荷室を見ても、最小限のトリムが貼られるだけで多くの部分は鉄板が剥き出し。これによって荷室スペースが広がっている
■軽バン・軽トラの歴史
日本には狭い道が多く、小さいクルマは古くから多くの人から求められてきました。軽バン、軽トラも日本のモータリゼーション黎明期から活躍しています。ここではスズキのクルマを例に軽バン・軽トラの歴史を紐解きます。
軽自動車検査協会によると、軽自動車という言葉が初めて使われたのは1949年。ただ、当時の主流はオート三輪でした。
スズキは1955年に日本初の量産軽自動車であるスズライトSSを発売。スズライトSSはセダンタイプで、日本で初めてFF駆動を採用したモデルでもあります。
▲スズライトSS(1955年発売)
そしてスズライトSSをベースに、ピックアップのスズライトSP、ライトバンのスズライトSL、デリバリーバンのスズライトSDも発売。1959年には2代目スズライトとしてバックドアを上下2分割にした商用車、スズライトTLを発売します。
1961年、本格的な商用モデルとして軽トラックのスズライトキャリイが登場しました。
▲初代スズライトキャリイ(1961年発売)
スズライトは前輪駆動でしたが、スズライトキャリイは荷物をたくさん積んだ時も駆動輪に荷重がかかりやすい後輪駆動になっています。
ちなみにキャリイという名称は65年経った現在でも使用されていて、スズキの中でもっとも歴史の長いブランドになります。
そして1964年にはエブリイの前身となるスズライトキャリイバンが登場。
▲初代スズライトキャリイバン(1964年発売)
このモデルは4人乗りで、後席を畳んだ時の最大積載量は300kgでした。
スズライトキャリイは1965年に2代目へとフルモデルチェンジ。1966年にバンが追加されます。そして2代目と併売という形で1966年に3代目が登場。このモデルからスズライトの名称が取れて、キャリイになりました。
▲3代目キャリイ(1966年発売)
スズライトキャリイはボンネットのあるタイプでしたが、キャリイはエンジンをシート下に配置したキャブオーバータイプになり、ボンネットがなくなっています。その分キャビンを前方に配置して荷台が広くなりました。
1968年には3代目にもバンが追加されました。
1969年には2代目と3代目の販売が終了し、トラック、バンともに4代目へとモデルチェンジ。このモデルはなんとイタリアの名匠、ジョルジェット・ジウジアーロがスタイリングを手掛けました。
▲4代目キャリイバン(1969年発売)
前後対称になっているバンのボディラインはいま見ても斬新。レジャーシーンの盛り上がりに合わせ、1971年にはバンをベースにしたキャンピング仕様も発売されています。
1972年には5代目へとフルモデルチェンジ。1976年には軽規格が変更されて排気量が550ccになったことから、5月に550ccエンジンを積んだキャリイ55が追加されました。
そして1976年9月にトラックが、同年11月にバンが6代目へとフルモデルチェンジ。
▲6代目キャリイ(1976年発売)
この世代はトラック、バンともにボディサイズも新規格に合わせて拡大され、キャリイワイドと呼ばれました。
1979年に登場した7代目は、バンがスライドドアになりました。1981年に4WD車を追加。そして1982年のマイナーチェンジでバンの名称がキャリイバン エブリイに変更されました。このモデルが初代エブリイとして扱われています。
1985年に登場した8代目キャリイと2代目エブリイは、モデル末期の1990年に軽規格改正で排気量が660ccとなったことで、660ccエンジンを搭載しました。
▲2代目エブリイ(1985年発売)
1991年に登場した9代目キャリイには、エブリイの下位モデルとしてキャリイバンが設定されました。同タイミングでフルモデルチェンジした3代目エブリイは、歴代で唯一MRレイアウトを採用していました。
1999年に登場した4代目エブリイは1998年の軽規格改正に合わせてボディサイズを拡大。
▲4代目エブリィ(1999年発売)
バンの他に乗用タイプのエブリイワゴン(初代)も用意されました。そしてバブル崩壊後の「安・近・短」というレジャーシーンの移り変わりを受けて、1.3Lエンジンを搭載して7人乗りにした普通車のエブリィプラスも登場します。
同タイミングでフルモデルチェンジした10代目キャリイもボディサイズが拡大されます。
エブリイ、キャリイともにボディ形状を変更。わずかにフロントノーズがあるセミキャブオーバーになりました。
キャリイは2002年のマイナーチェンジでデザインが大きく変えられます。そしてこの世代からキャリイとエブリイでフルモデルのサイクルがズレていきます。
エブリイは2005年に5代目へとフルモデルチェンジ。この世代でインパネシフトが採用され、前席左右のウォークスルーができるようになりました。
10代目キャリイは2013年まで製造され、同年に11代目へとフルモデルチェンジ。2018年にキャビンの後方を広くしてシートにリクライニング機能を持たせたスーパーキャリイが登場します。そしてこのキャリイ、スーパーキャリイが現在でも生産されています。
▲スーパーキャリイ(2018年発売)
エブリイは2015年に6代目へとフルモデルチェンジ。ボディサイズは軽規格に納めながら、パッケージングの工夫でクラストップの荷室空間と居住空間が確保されました。トランスミッションには2ペダルMTとAGSが設定されました。
スズキの軽バンは長くキャリイバンとエブリイが製造されてきましたが、新たなモデルとして2022年にスペーシアベースが登場します。
▲スペーシアベース(2022年)
これは軽スーパーハイトワゴン・スペーシアの派生モデルで、商用車仕様として開発することで積載性を高めたモデル。ビジネスシーンはもちろん、レジャーシーンでも便利に使えるさまざまな装備が盛り込まれています。
■キャリイ&エブリイのチーフエンジニアが教えてくれた軽トラ・軽バン開発の舞台裏
業務目的で使用される軽トラや軽バンは乗用車とは違うニーズがあるため、開発は乗用車とは異なる形で行なわれているはず。一方で軽バンを見ると、乗用用途で開発されたワゴンモデルもラインナップされます。
軽トラ・軽バンはどのように開発されているのか、商用車ならではの開発の難しさはあるのか。そんな疑問をキャリイとエブリイのチーフエンジニアである伊藤二三男さんにぶつけてみました。
Q:軽バンは軽乗用車をベースに開発している?
スズキ初の軽自動車として1955年に登場したスズライトSS。その後、このモデルをベースに開発されたピックアップやデリバリーバンなどが登場しました。軽バンや軽トラは乗用車をベースに開発されることが多いのでしょうか。
スズキの社是である『お客様の立場になって、価値ある製品を作ろう』という精神に沿って考えると、乗用車から派生して商用車を作ることはあります。たとえば商用モデルのスペーシアベースは、スペーシアから派生する形で生まれました。エブリイにおいては、商用車のエブリイをベースにして乗用車のエブリイワゴンを作っています(伊藤さん)
▲エブリイワゴンは、商用車のエブリイをベースに開発される
Q:スズキ独自の軽トラや軽バンの設計基準はある?
冒頭で解説したように、軽トラや軽バンは荷室床面積や荷室開口部の大きさなどが細かく規定されていて、そこからはみ出すと商用車として認められません。これら国の規定以外にも、スズキが商用車として「この基準を満たさなければいけない」と決めていることはあるのでしょうか。
商用車は仕事で使われることが前提です。そのため、乗用車とは違う評価方法を設けています。例を上げると多くの荷物を積むことが前提のクルマなので、荷物や重量物を積んで評価を実施しています。キャリイは実際に材木を積んで耐久評価をしています。キャリイ、エブリイともにリア駆動でリアにリジットアクスルを採用しているのは、タフな使われ方をする両車の耐久性を高めるための施策です(伊藤さん)
▲キャリイは実際に木材を積んだ状態で耐久テストを行うという
Q:乗用車に比べると価格が安い商用車。コストを下げるための対策は?
エブリイとエブリイワゴンの価格をエントリーグレードで比較すると、エブリイのPA(2WD CVT)が143万4400円なのに対し、エブリイワゴンのPZターボ標準ルーフ(2WD CVT)が204万7100円。ターボの有無などがあるので単純比較はできませんが、商用車と乗用車ではかなりの価格差があります。
仕事で使う商用車は低価格であることも重要。それを実現するために行なっていることはあるのでしょうか。
商用車は意匠性より機能性を重視してコストを検討していきます。中でも仕事に特化する想定のグレードは加飾部品がないため殺風景になりがちです。それでも美しくするために『機能美』を合言葉にデザイン開発、部品開発していきます(伊藤さん)
▲機能美を追求したエブリイのインパネ
Q:顧客のニーズで絶対に守らないといけない性能は?
軽トラ・軽バンはさまざまな仕事で使われるクルマ。そのニーズを満たすためにどのような性能を盛り込んでいるのでしょうか。
キャリイは農業で使われることが多い車です。そこで畑などでの走破性や小回り性能が必須です。スーパーキャリイは建築関係のお客様が多いので、コンパネを載せられるようにする必要があります。配送業のお客様が多いエブリイは、乗り降りのしやすさや荷物の乗せ降ろしのしやすさが必須になります(伊藤さん)
これを具現化した機能として挙げられるのが、キャリイとスーパーキャリイに標準装備されるぬかるみ脱出アシスト機能(ブレーキLSD)。これはジムニーで培った技術を横展開したもの。わずか3.6mという最小回転半径は、あぜ道などでの小回り性能を高めています。
スーパーキャリイはキャビンを広くしているのでその分荷台が狭くなりますが、キャビン下をえぐった形状にすることで、荷室フロア長1975mmを実現しています。
▲キャビンを広くしたスーパーキャリイ。キャビン下をえぐった形状になっている
配達で頻繁に乗り降りするエブリイは、乗降ステップの位置を低くするとともに大型の乗降グリップを設置して、ストレスなく乗り降りできるようにしています。
Q:スズキはこれからもこだわりをもって軽トラ・軽バンを作り続けてくれますか?
現在、軽トラを製造しているのはスズキとダイハツの2社のみ。セミキャブオーバーの軽バンはスズキ、ダイハツ、三菱(ミニキャブEV)のみになっています。軽トラと軽バンを製造するメーカーが減少した中、スズキは今後も軽トラと軽バンの製造をやめないでくれるのでしょうか。
もちろんです。お客様の立場になって、価値ある軽トラックと軽バンを作り続けていきます(伊藤さん)
▲スーパーキャリイはアウトドア需要を見据えたXリミテッドも設定される
伊藤さんのこの言葉を聞いて安心した人も多いはず。これからも軽トラ、軽バンの進化に期待していきましょう!
>> スズキ「四輪車」
<取材・文/高橋 満(ブリッジマン)>

高橋 満|求人誌、中古車雑誌の編集部を経て、1999年からフリーの編集者/ライターとして活動。自動車、音楽、アウトドアなどジャンルを問わず執筆。人物インタビューも得意としている。コンテンツ制作会社「ブリッジマン」の代表として、さまざまな企業のPRも担当。
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