潜在ニーズをカタチに!新しいホンダ「フィット」が大胆に“キャラ変”できた理由

先代に当たる3代目モデルまでの累計販売台数は、約269万台。そんな失敗できない大ヒット作であるにもかかわらず、大胆で意欲的なフルモデルチェンジを行ってきたのが、ホンダのコンパクトカー「フィット」です。

ではなぜ、4代目となる新型は、大胆なまでにキャラクターをシフトしてきたのでしょうか? そこには、多角的に“心地よいクルマ”を作るための、綿密なリサーチと大胆な割り切りがありました。自動車ジャーナリスト・塩見 智さんが深掘りします。

■新型フィットはあらゆる角が丸いファニー系

先頃フルモデルチェンジしたフィットが、「かわいい」「ガラッと変わった」「テレビCMが素敵」と話題だ。販売も好調で、発売から1カ月間で月販目標の3倍となる3万1000台超を受注した。ちなみに、ほぼ同時期に発売されたトヨタ「ヤリス」は、発売から1カ月で約3万7000台を受注と、同様に好調。国内2大メーカーの代表的コンパクトカーがガチンコの販売競争を繰り広げ、市場はちょっとしたコンパクトカー祭りの様相を呈す、はずだったのだが、新型コロナウイルスで…。

ホンダは国内2工場、トヨタは国内5工場で、それぞれ4月に一定期間、操業を停止する。そもそもユーザーが、クルマを買うために販売店へと足を運べる状況ではない(可能な地域はどんどん行ってください)。世界が未曾有の危機に見舞われ、クルマがどうのこうのという状況ではないが、日常はいつか必ず戻る。そうすればまた、クルマについてこうでもないああでもないと楽しむことができるはず。安易に出掛けられない今は、せめてオンラインでクルマを“読んで”いただきたい。

さて、フィットに話を戻そう。初めて新型の姿を目にした際、直感的に「いい!」と思った。最初に目についたのは、動物の目のようなヘッドランプと、飛び出した“おでこ”のようなフロント中央部分だ。ふたつの特徴によって、まるで生き物のよう。ペットをかわいいと思うのに似た印象を抱いた。全体に角張っていて、シャープなエッジを多用した3代目とは打って変わって、あらゆる角が丸い。完全にファニー系だ。

インテリアもガラリと変わった。フロントウインドウ越しの景色が違う。フロントのピラーがすごく細くて視界を邪魔しないのだ。細いフロントピラーの手前には、実際に車体構造を担う太いピラーがあり、それらを両端とするパノラミックな視界が広がる。

ダッシュボードも平坦なデザインでスッキリ。たいていのクルマの場合、ステアリングホイール奥にあるメーターはカウルで囲まれ、太陽光が射し込みにくくなっているが、新型フィットにはそれもないからダッシュボードが実にフラットだ。メーターの液晶を高輝度タイプにすることでカウルを不要とした。映画館のようで気に入った。

「面白いクルマなのでは?」と、走らせる前から予感させる。実際の走りがどうかについては他の記事を参照いただきたいが、簡潔にいえば、走りも変わった。乗り心地がソフトで快適になった。往年のフランス車のよう、というのはいい過ぎにしても、その雰囲気がある。

実際、開発に際して、古いフランス車を研究したそうだ。そして静かでよく走る。それもそのはず。これまで上級車種のみに採用されていたハイブリッドシステムが、フィットにまで“降りてきた”からだ。

■初代のヒットの秘密は「期待を超えるクルマを提供できたこと」

3代目のフィットは、発売当初に変速機の不具合で何度もリコールを重ねたが、それを克服してからはよく売れた。にもかかわらず、新型がここまで大胆に路線変更してきたことには、一体どういう意味が込められているのだろうか? この点について、商品開発責任者である、LPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)の田中建樹さんに話をうかがった。

新型フィットのLPL 田中建樹さん

――新型フィットは、歴代モデルとは方向性が変わったように見えます。特に、直前の3代目との差は大きい。時代が求めるものが変わったことへの対応なのか、それとも、時代が求めるものを届けられていなかったという反省なのか、どちらなのでしょう?

田中さん:時代の変化への対応も反省も、ともにありますが、新型は開発初期に「初代がどうしてあれほど世の中に受け入れられたのか?」について考えました。当時の基準で見て、よく走り、燃費がよく、価格が手頃だったこともあるでしょうが、それだけではなく「期待以上の満足感を皆さんに与えたからだ」と分析しました。フィット誕生以前のコンパクトカーは「この程度の価格なら、得られる満足度もこの程度だろう」と、お客さまの方が期待に制限を掛けていたと思うのです。そんな中、期待を超えるコンパクトカーを提供できたのが、初代だったのだと思うのです。

初代フィット

――支払うお金以上の満足感、ということでしょうか?

田中さん:そうですね。前席の下にガソリンタンクを配した“センタータンクレイアウト”を駆使して、室内の広さはクラスの常識を超えていましたし、燃費もクラスをリードしていました。スタイリングについても、高級車のようではありませんでしたが、クラスレスの印象を持たせることができていたと思います。多くのお客さまに引け目を感じることなく使っていただけたからこそ、初代はヒットしたのではないでしょうか。それに対し、2代目、3代目のフィットは、燃費や広さではライバルに劣っていたわけではありませんが、スペック以外の価値を盛り込むという意味では、初代を超えられなかったように思います。

――初代の大ヒットに影響を受けた他社製ライバルの影響を受けたということもありますか?

田中さん:それもあるかもしれません。新型では再び、お客さまに「本当はこうだったらいいのに…」という思いをさせないクルマを作ろうと考えました。われわれはそれを“潜在ニーズを満足させるクルマ”と位置づけ、独自の潜在ニーズ調査を実施しました。その結果、ユーザーはコンパクトカーに対し、「快適なのがいい」「安心・安全が欲しい」「リラックスして乗りたい」「癒やされたい」といった思いを抱いていることが分かりました。どんなクルマにも望まれる要素ですよね。つまり、コンパクトカーだろうとそうでなかろうと、クルマに対する要望はさほど変わらない、ということなんです。新型ではそうした潜在ニーズを具体化し、できる限り盛り込んだつもりです。

――潜在ニーズ調査とは、どのような手法で行われたのですか?

田中さん:例えば、家族でくつろいでいる場面や、風景、花など、ありとあらゆるシーンの写真を1000枚以上並べ、参加してくださった方に「このテーマなら、どれを選びますか?」などと尋ねます。その後、なぜその写真を選んだのか、選ばれた理由をヒアリングするのです。それを繰り返すことで、言葉では具体的には説明できないけれど、その人がどういう性能や機能を欲しているのかが分かってきます。「それは、もしかしてこういう機能ですか?」と持ちかけると、「そうそう、それ!」という回答が来る。そうしたプロセスを重ねるのが潜在ニーズ調査で、何百人もの方を対象に実施しました。

――なるほど。それを踏まえて新型を見ると、ユーザーは、例えば3代目が備えていた広さや燃費のよさは維持しながら、スタイリングや動力性能におけるスポーティさよりも、快適な乗り心地や癒やされるスタイリングなどを求めているという結論に達した、ということですね。

田中さん:その通りです。

■軽自動車と“カニバって”もホンダ車が売れればいい

――新型フィットの車内空間は、3代目と比べて広くなっているわけではありませんよね。「広さはもうこのくらいでいい」と、ユーザーは感じているという解釈ですか?

田中さん:そうですね。歴代モデルを通じ、広さについてはかなり満足いただいていたので、新型ではやはりニーズとしてあった、コンパクトなボディサイズの実現を優先しました。ただし広さについても、数値上はやや狭くなっているものの、必要な部分の広さは確保していて、事実上、変わらない広さを確保しています。

――フロントウインドウ越しの視界の広がり方は、新しい価値だと感じました。

田中さん:そこはこだわった部分ですね。ワイドに広がる景色を面白いと感じていただきたいのと同時に、運転しやすいとも感じていただきたいと思っています。視界のよさを望む潜在ニーズは、少なくありませんでした。

――ところで新型は、これまでと比べて新しく高価な“e:HEV”と呼ばれるハイブリッドシステムを用いています。また、発売タイミングの関係もありますが“ホンダセンシング”という先進安全装備も上級モデルを上回る内容が盛り込まれました。それでいて価格は、3代目に比べて1.5倍になったわけではありません。どこでどのように帳尻を合わせているのでしょう?

田中さん:大胆に資源の再配分を行う、ということを、開発初期に決めました。おっしゃる通り、e:HEVやホンダセンシングにはコストがかかっています。その分、3代目に備わっていたもののうち、どこかを削らなければなりませんでした。例えば新型は、初代から3代目まで備わっていたリアシートのリクライニング機能を省略し、背もたれの角度を、快適だと感じる人が多いとされる27度に固定しました。そのほかでは、パドルシフトもなくしています。

――それらについて、不満は出ていませんか?

田中さん:確かに、不満に感じられるお客さまもいらっしゃると思いますが、それよりも優先すべきと考えたものがあった、ということです。その一例が、先代よりも使用範囲を減らした加飾パーツです。3代目のインテリアは、クロームのパーツをところどころに配して高級感を演出していましたが、新型のインテリアでは、ダイヤルスイッチの縁取り部分などを除き、ほとんど“光りモノ”を使っていません。方向としては、快適性を向上させる部分に重点配分しています。

――さて、ホンダには“Nシリーズ”という、脱・軽自動車レベルの内容を誇る軽自動車があります。その上級グレードは、価格もフィットのベーシックグレードと重なってくるのですが、田中さんからご覧になられて、Nシリーズとはどういう存在ですか?

田中さん:価格的にはフィットと重なる部分があり、“カニバる”かもしれませんが、私はそれでいいと思っています。どちらにせよ、ホンダ車が売れるということですので(笑)。われわれ売る側は、軽自動車市場と登録車市場があると考えがちです。メディアの皆さんもそうかもしれません。でもお客さまにしてみれば、どちらも150万円~200万円のスモールカー市場に存在する、2種類の商品だと思うのです。コンパクトカーと軽自動車の販売台数を合わせると、ものすごいボリュームになりますよね。乗用車として最大の市場です。その大市場に対し、メーカーが複数のモデルを展開したとしても、不思議ではありません。

――200万円~300万円、300万円~400万円といった他の価格帯の市場にも、多様な選択肢があるじゃないか、ということですね?

田中さん:そうですね。一方、お客さまの中には、イメージや好みなどさまざまな理由から、いくら内容がよくても軽自動車は候補から外す、と決めている方や、必ず軽自動車の中から選ぶ、という方もいらっしゃいます。なので、価格帯を区切って商品を用意する必要はなく、それぞれ良いクルマを用意することが大切だと思います。

* * *

何を聞いても面白く、歯切れよく回答してくださった田中さん。開発責任者の話が面白ければ、たいてい生まれてきたクルマも面白く、そうでない場合は、そうでないことが多い…。そうした点を踏まえても、新型フィットは久々に、魅力的な国産コンパクトカーだといえる。中でも筆者のオススメは、スムーズで力強い走りが魅力のハイブリッド仕様だ。

<SPECIFICATIONS>
☆NESS[ネス](FF)
ボディサイズ:L3995×W1695×H1540mm
車重:1090kg
駆動方式:FF
エンジン:1317cc 直列4気筒 DOHC
トランスミッション:CVT
最高出力:98馬力/6000回転
最大トルク:12.0kgf-m/5000回転
価格:187万7700円

<SPECIFICATIONS>
☆e:HEV HOME[ホーム](FF)
ボディサイズ:L3995×W1695×H1515mm
車重:1180kg
駆動方式:FF
エンジン:1496cc 直列4気筒 DOHC+モーター
トランスミッション:電気式無段変速機
エンジン最高出力:98馬力/5600〜6400回転
エンジン最大トルク:13.0kgf-m/4500〜5000回転
モーター最高出力:109馬力/3500〜8000回転
モーター最大トルク:25.8kgf-m/0〜3000回転
価格:206万8000円

(文/塩見 智 写真/&GP編集部)

 


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