日産自動車は新しい中期経営計画“NISSAN NEXT”の下、全く新しいEV(電気自動車)のクロスオーバーSUV「アリア」を発表した。
メカや構造、航続距離などの性能面にフォーカスが当たりがちなアリアだが、実はそのデザインにも、従来の日産車とは異なる新たな挑戦が見られる。興味深いその中身について、日産デザインのキーマンが語ってくれた。
■アリアは走りのパフォーマンスを重視したEV
今、日産自動車は一気に次のステージへ進もうとしている。去る2020年の5月には「今後18カ月間で12台のニューモデルを発表する」と予告し、同7月には19年ぶりにブランドロゴを刷新。続いて、2021年中頃の発売を予定する新しいクロスオーバーSUVのアリアを公開した。
アリアは「リーフ」に続くEV専用モデルで、ボディサイズは全長約4.6mとミドルクラスSUVに相当。リーフが42kWhと60kWhというバッテリー容量を設定するのに対し、アリアは65kWhもしくは90kWhという大型バッテリーを搭載するのが特徴だ。
その大容量バッテリーを活用することで、最長610kmの航続距離を実現。その上で、高出力モデルは290kW(約395馬力)という強力なパワーを発生する。加速力などの走行性能が人気を集めるテスラ各車のように、パフォーマンス重視のEVといっていいだろう。
併せて、高速道路でハンズオフドライブ(=手放し運転)を可能にする最新の運転支援機能が投入されるなど、アリアは日産自動車が持つ技術を最大限に投入された新時代のフラッグシップモデルいっていい。
発売予定は2021年の中頃で、補助金などを加味した実質的な価格は500万円くらいからになるという。
■ショーカーがそのまま街に出てきた
そんなアリアは、2019年の東京モーターショーに「アリア・コンセプト」として出展されていたコンセプトカーの市販版だ。興味深いのは、今回発表された市販バージョンとコンセプトモデルとの違いがわずかしかないこと。ディテールの違いこそあるものの、骨格やプロポーションといったクルマの印象を左右する基本的な部分は、コンセプトカーのそれが市販モデルへと忠実に反映されている。加えて、アリアの市販バージョンは、まるでコンセプトカーのような雰囲気を漂わせていることに驚かされる。まるでショーカーがそのまま街へ出てきたかのような印象なのだ。
そんなアリアのデザインに関し、日産自動車デザイン部門のキーパーソンである田井 悟氏が語ってくれた。まずは、コンセプトカーと市販モデルの関係性について解説してもらおう。
「コンセプトカーには、発売を予告する車両と、市販車とは全く結びつかないショーのためのクルマとがあるのですが、普通は前者であっても、ショーのためにいろいろと“盛る”ものです。しかし、アリアは違います。市販モデルとほとんど変わらない状態のものをモーターショーで公開し、『ショーカーがそのまま販売された!』という驚きを人々に与えたいと思っていました。市販版のデザインを手掛けている時も、社内の人間からは『本当にこれを出すの? ショーの出展車じゃないの?』という反響が多かったですね」(田井氏)
そうした狙いは、成功したといえるだろう。パッと見た瞬間、アリアはショー出展用のコンセプトカーなのか、市販車なのか分からないくらいなのだ。
■新しい車体の投入はデザイナーにとってもチャンス
日産自動車のグローバルデザイン本部で、エグゼクティブ・デザイン・ダイレクターという要職に就く田井氏は、日産のすべての車種のデザインを統括・指揮する立場にある。また、2017年の東京モーターショーに出展された、アリアのルーツともいえるコンセプトカー「IMx」も、田井氏が手掛けたものである。
そんな田井氏はアリアについて「すべてのデザイン表現を新しくした」と語っている。そこにはどんな意味が込められているのだろう?
「デザイナーにとって、今回のようなチャンスに恵まれる機会はそうそうありません。アリアにはEV専用の全く新しいプラットフォームが採用されましたが、その分、車両設計もデザインも自由度が高まりました。設計部門は細かいパーツに至るまで、広い範囲で新しいことにチャレンジしていましたし、デザイン部門も制約が少なく、自由にチャレンジできる環境にありました。また社内にも、これまでにない新しいデザインを受け入れる雰囲気が生まれていたので、『ならば思い切ってやろう』、『表現したいものすべてやってみよう』との意気込みでデザインを進めてきました」(田井氏)
新規開発のEVだからこそ新しいことにチャレンジしやすく、新たに設計できる領域が広くて部品の共用が少ない分、自由度も高まる。デザイン部門が本来、備えている力に加え、そうした好条件がアリアの美しいデザインの根底にあるといえそうだ。
その上で興味深いのは、ガソリンエンジン車とEVとのデザインに対する考え方の違いだ。アリアはボディのラインがシンプルでクリーンに見え、いわば“引き算の美学”で成り立っているといえる。
「ガソリン車に求められるスピード感というのは動物的で、デザインも人や動物の筋肉をモチーフにすることが多いんです。でも、EVのアリアはそれとは異なり、例えばボディサイドの面などは、自然界で見られる“うねり”をイメージしています。具体的には、風のうねりとか、地面のうねりなどですね。自然は静寂とパワフルさの両方を兼ね備えていますが、EVでそれを表現したいと考え、新しいカーデザインの要素として盛り込んでみました。『すべてのデザイン表現を新しくした』という言葉には、そういう発想の転換も込められているのです」(田井氏)
シンプルさと力強さは相反する要件に思えるが、双方を感じさせるデザイン手法こそが、日産自動車の考える新しいEVのデザインといえるだろう。確かにアリアを見ると、シンプルでありながらしっかりと躍動的で、走行性能の高さを予感させるなど、田井氏の狙いがしっかりと具現されている。アリアはデザインにおいても、革新を起こしたのである。
■日本デザインが持つ強いエネルギーをクルマにも
ところで、アリアを解説する資料では、デザインに関して“間(ま)”、“整(せい)”、“移ろい(うつろい)”、“縁側(えんがわ)”、“行燈(あんどん)”、そして“組子(くみこ)”といった、日本文化をモチーフにした考え方や造形が多く盛り込まれていることが触れられている。日本の自動車メーカーとして日本の文化を大切にし、世界へ発信しようとしているのだ。
「海外では、ホテルのラウンジでもレストランでも“日本を意識した和のテイスト”というのがひとつの流行りとなっていて、今後、それがさらに広がると感じています」と田井氏はいう。
アリアの場合、ガソリン車のフロントグリルに相当する“フロントシールド”部は、職人が木材を細かく組みつける伝統技法の組子をイメージしている。
またインテリアでは、柔らかく心地いい光を作り出す“行燈”の考え方に基づいたライティングを採用。田井氏によると「暗さや明るさとかではなく、光の陰影と色の美しいグラデーションを狙っている」という。それは“繊細さの象徴”ともいえそうだ。
「日本のデザインの魅力は、そうした繊細さにあると思っています。もちろん繊細だからといって、弱いというわけではありません。職人さんたちが丹精込めて細かいものを作り上げていきますが、最終的にでき上がったものはパワフルに感じられますよね。そんなエネルギーが日本のデザインには秘められているのです。
組子はもちろん、鉄を繰り返したたいて作り上げる刀や、漆(うるし)などを重ね塗りする塗り物、そして、すいて作られる和紙などは、いずれも、型などを使って一発で生み出されるものではありません。それらは、丹念に作業を重ねる日本人の真面目さの賜物ですし、結果的に強さや美しさへとつながっていきます。繊細さの中に強さがある。それが日本らしいデザインだと思うのです」(田井氏)
田井氏の話を聞いていると、アリアのデザインはカーデザインの次なるステージに進んだと感じた。それを踏まえて気になるのが、アリアのデザインの中に、今後の日産車に盛り込まれていく部分はあるのか? という点だ。それに対する田井氏からの答えは、意外なものだった。
「私が今の立場になって考えていること、最初にやり始めたことのひとつが、『チーム全員で共有したり、メンバー全員が従うべき大きなルールを作らない』というものです。今、自動車業界は“100年に一度の大変革期”にあるといいます。デザインにおいても、絶対的に何が正しいかというのは、正直、分かりません。ただ、時代やお客さまの反応に合わせ、きちんと変わっていけるデザインをしたい。デザイナーが自由に絵を描き、その中にいいものがあればどんどん採り入れていくという進化を続けていきたいと考えています」(田井氏)
今回のインタビューを通じて確信したのは、今後の日産車のデザインは、どんどん変化していくということだ。時代と消費者の嗜好を反映しながらトレンドを作り出していく…そんな意気込みが田井氏の言葉から伝わってきた。その第一歩が、新しいアリアといえるだろう。
冒頭でも触れたように、日産自動車は今後1年半の間に、多数のモデルを投入する。12台というのは世界規模でのカウントだが、日本市場にも新型車が次々と投入されるというウワサだ。そうした積極的な動きからは目が離せないし、各モデルのデザインにも期待したいところだ。
文/工藤貴宏
工藤貴宏|自動車専門誌の編集部員として活動後、フリーランスの自動車ライターとして独立。使い勝手やバイヤーズガイドを軸とする新車の紹介・解説を得意とし、『&GP』を始め、幅広いWebメディアや雑誌に寄稿している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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