【達人のプラモ術】
モノグラム
パイパー・トライペーサー・スポーツプレーン(ノンスケール)
03/03
戦闘機やバイク、ロボット、スポーツカーなど、さまざまなプラモデルの作り方・楽しみ方を紹介する、プロモデラー長谷川迷人さんによる【達人のプラモ術】。
1950年代にアメリカのモノグラム社から発売されていたパイパートライぺーサー製作の最終回。機体はもちろんですが、味わい深いフィギュアも塗装していきます。
* * *
■機体の完成
前回書いたように、キットのデカールは半世紀を超える時の流れに負けて劣化(台紙からフィルムが剥がれない)、使い物になりませんでした。仕方ないので手元にあったジャンクデカールから1/32のコードレター(数字とアルファベットを組み合わせた機体番号)を流用して、主翼上下面に描かれた『N70119B』を再現しました。コクピット横の『PACER』の文字も同様です。
▲主翼のコードレーターはジャンクデカールの流用だが、違和感はない
またキャビンのキャノピーは透明度は高いのですが、取りつけると機体との間に隙間が生じてしまうため、周囲にシール材風に黒のフィニッシュシートを貼って隙間を隠しています。なにしろ60年以上前のキットですから文句は言えません。
▲いかにも軽飛行機といったフォルム。キャノピー周囲はフィニッシュシートを貼ることで隙間を目立たなく修正
それから、本来ならキャノピーに省略されているワイパーを追加したり、コクピット内部に見える主翼の桁などを追加工作したいところですが、今回は1950年代のプラモデルの雰囲気を再現したかったので、プロポーションの修正やディテールの追加はしていません。
機体は組み上げてみると、やはり機首が若干短いようですが、実機の模型飛行機みたいなチープな雰囲気はよく再現されています。当時アメリカでは、軽自動車みたいな感覚でこうした軽飛行機を飛ばしていたんだろうなぁと思わせてくれます。
以前、アメリカはLA郊外の大型模型店を訪ねた時、店の裏に自前の滑走路があり、オーナーはセスナで毎日100マイルを飛んでくるとのこと。理由を聞いたら「フリーウェイは渋滞するじゃないか、空なら渋滞はないぞ」。いやぁアメリカですね。
▲雰囲気最高のボックスアートもモデルと併せて飾りたくなる
■コクピットのオモリで尻もち防止したはずが…
3点式の機体なので、尻もちを着かないようにコクピット内部に15gのオモリを詰め込んだのですが、主翼を取り付けてみたらオモリが足りずにコトンと尻もちしてしまいました。トホホです。仕方ないのでエンジンカウリングの裏側に追加のオモリ(板ナマリ)を貼って、尻もちを着かないようにしました。
▲板ナマリを5g追加、エンジンカウリングの裏に貼り付けることで尻もちを解消した
■胴体裏の謎の穴
今回、インスト(説明書)なしで製作を進めていたのですが、胴体下面に謎の穴が開いていました、何かパーツが着くのだろうと思っていたのですがどうやらそうじゃない。キットには尻もち防止用の棒が付属しており、そのための穴でした(インストがないので分からなかったんです)。
▲機体下面の謎の穴
いやぁ親切設計だなぁ…って、棒で支えるんじゃなくてオモリで対応しろよ!とツッコミたくもなりますが、思い出してみれば、当時のモノグラムの飛行機で前脚式のキットは、オモリに指示はなくて、尻もち防止用の棒が必ず入っていましたから、アメリカプラモ的親切設計なんだと思います。
▲キット付属の尻もち防止用ステーを取り着けた状態
■フィギュアの塗装
さて、本キットの主役ともいえる2体のハンターと仕留められたピューマ(クーガー)を塗装します。どれも一体成型でピューマが平べったい(笑)ことを除けば、とても味があるフィギュアです。見た目は、アメリカではポピュラーなトイとしてお馴染みのグリーンアーミーメン(※)な感じです。
▲フィギュアは筆塗りで塗装
▲仕留められたピューマもそれらしく塗装
塗装することでさらに雰囲気アップ。ハンターは獲物(ピューマ)を仕留めて満面の笑みを浮かべており、カメラマンも笑っているのが分かります。ハンターの持つウインチェスターライフル?もしっかりとディテールがモールドされているし、これ60年前の日本でプラモデルがまだ発売されていない時代のフィギュアなんですよ、オジサンモデラーとしては、あぁモノグラムってやっぱり凄いプラモデルメーカーだったんだなぁと痛感させられてしまいます。
▲スミ入塗料で陰影をつけるだけでディテールが活きてくる
※アーミーメン(Army men)またはグリーンアーミーメンは、アメリカではポピュラーなプラスチック製のおもちゃの兵隊。映画「トイ・ストーリー」にも登場している。
▲袋入りやバケツ入りで10体~100体ぐらいまとめて売られているアーミーメン
■完成!
完成品は今のプラモデルとは精度もディテールも比べようもないですが、それでも“ご機嫌最高!モノグラム”。当時のプラモデル少年には間違いなく憧れの存在でした。
現在こうしたヒストリカルなプラモデルは、コレクションアイテムとして扱われていることが多く、価格も高価であったりと入手もなかなか難しくなっています。でもたまに作りたくなるんですよね。ちなみに本キットは1980年代初頭まで発売されていたようです
ただし今それを作ってみると、こんなチープだったかなーと思うことが多いのもたしか。なぜなら子供時代に憧れたプラモデルは脳内補正が入ってカッコよく記憶されていますから(笑)。
▲飛行機にハンターのフィギュア。こうした遊び心のあるスケールモデルは最近少なくなってしまった
▲ドアの開閉ギミックで楽しさ倍増
▲カウリングを外してエンジンを見ることもできる
■ボックスアートの魅力
プラモデルの魅力にひとつがボックスアートですが、1980年代に入ると欧米のプラモデルはボックスアートとキットの内容との一致が求められて、キットに付属しないものは描いてはいけないという規制が制定され、イラストではなくキットを組み立てたものの写真を使用するようになりました。その多くはキットの素組みに塗装およびデカール貼りを行っただけのもので、購買意欲を掻き立てるものではありませんでした。
’60年代には魅力的なボックスアートだったトライペーサーも’80年代後半に塗料5色と筆、接着剤、ピンセットがセットされた豪華版として再販された際には、見てのとおり魅力的とは言えない完成品の写真になってしまいました。
■国産初のプラモデルって何?
今回製作したモノグラム製パイパートライペーサーは1957年製のプラモデルです。ちなみに日本で最初に国産プラモが発売されたのは1958(昭和33)年になります。玩具メーカーの老舗だったマルサンが12月に発売した1/300原子力潜水艦ノーチラス号が、国産プラモデルの第1号と言われています。
▲国産プラモデル第1号の原子力潜水艦ノーチラス号(実艦は1954年に進水、1958年潜航状態で北極点を通過することに初めて成功)
キット自体はアメリカRevell社のノーチラス号のフルコピーで、キットのパーツから石こうで雌型を作り、フライス盤で金型に直接写し取ったそうです。何とも乱暴な話ですが、まだプラスチックという素材自体が珍しかった時代に試行錯誤しながら生み出された国産プラモデル第1号でした。発売当初は、玩具店から「壊れたオモチャなんか売れない」と取り扱いを敬遠されることもあったそうです。
その後、1960年にマルサンがスポンサーとなったプラモデル紹介番組『陸と海と空』が放映され、当時番組の放送時間になると公園や遊び場から子供の姿が消えたとか。それくらい子供たちの人気を集めた番組でした。ここからプラモデル大ブームがはじまりました。
ノーチラス号のプラモデルは現在童遊社から復刻版を入手することができますよ。
▲国産プラモデル60周年記念で発売された復刻版を製作塗装したもの
※参考文献『日本プラモデル工業協同組合/文芸春秋企画出版部発行 日本プラモデル50年史』
>> [連載]達人のプラモ術
<製作・写真・文/長谷川迷人>
長谷川迷人|東京都出身。モーターサイクル専門誌や一般趣味雑誌、模型誌の編集者を経て、模型製作のプロフェッショナルへ。プラモデル製作講座の講師を務めるほか、雑誌やメディア向けの作例製作や原稿執筆を手がける。趣味はバイクとプラモデル作りという根っからの模型人。YouTubeでは「プラモ作りは見てナンボです!「@Modelart_MOVIE」も配信中。
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- Original:https://www.goodspress.jp/howto/440128/
- Source:&GP
- Author:&GP
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