1980〜90年代、「レーサーレプリカ」と呼ばれたスポーツバイクが一大ブームとなり、市場を熱く席巻しました。その呼び名の通り、レース用マシンをそのまま公道に持ってきたようなルックスとスペックを持ったマシンです。それが、毎年のようにモデルチェンジし、性能がどんどん先鋭化されていたなんて、その時代を知る人以外には信じられない話かもしれません。そんな熱かった時代を、メーカーごとに振り返ってみたいと思います。まずはホンダから。
■ラインナップ豊富だったホンダ
レーサーレプリカと呼ばれたバイクには、大きく分けて250ccクラスに2ストローク(2スト)エンジン搭載モデルと4ストローク(4スト)エンジン搭載モデル、そして400ccクラスにも4ストモデルがラインナップされ、メーカー各社がこの3カテゴリーでしのぎを削っていました。750ccクラスのマシンもあったのですが、当時は大型二輪免許が「限定解除」という呼ばれ方をされ、試験場でテストを受けないと取得できないというハードルがあったため、ブームを牽引していたのは400cc以下のクラスでした。
そんな中でもラインナップが充実していたのがホンダです。2スト250ccクラスにはワークスマシン「NSR250」のレプリカである「NSR250R」を、4スト250ccクラスには「CBR250R(RR)」、同400ccクラスには「CBR400RR」に加えてV型4気筒エンジンの「VFR400R」と4車種を用意し、ブームを引っ張っていました。
■“最速”と言われた「NSR250R」
▲1986年式「NSR250R」(MC16)
中でも、最も人気が高かったのが2スト250ccエンジンを搭載した「NSR250R」です。登場したのは1986年。先行するライバル、ヤマハの「TZR250」を打倒することが至上命題でした。そのため、水冷のV型2気筒エンジンを目の字断面のアルミツインスパーフレームに搭載するというワークスマシンそのもののような構成で登場し、この年に2万台近く売れて見事2スト・レーサーレプリカの販売台数1位となります。
▲1988年式「NSR250R」(MC18)。通称“ハチハチ”
そして、今でも伝説的な存在となっているのが“ハチハチ”と呼ばれる2代目の1988年式です。キャブレターの大径化などで、スペック上の最高出力こそ当時の上限値である45psで前モデルと変わりませんが、「本当はもっと出ている」とまことしやかな噂がささやかれました。この年から追加された「NSR250 SP」にはマグネシウム製のホイールを装備。この年までスピードリミッターが非装備だったことと過激な特性から、今でも「NSRは“ハチハチ”が一番速かった」と語る人が少なくありません。
▲1989年式「NSR250R」(MC18)
翌年の1989年には早くもモデルチェンジが行われ、エンジンコントロールユニットがPGMⅡに進化。型式はMC18のまま変わらずですが、SP仕様には乾式クラッチが装備されるように。足回りも刷新され、ラジアルタイヤが採用されますが、特性がややマイルドになったことから、当時は「おとなしくなった」なんて言われていました。
▲1990年式「NSR250R」(MC21)※写真はSP仕様
驚きなのは、翌年の1990年にフルモデルチェンジが行われたこと。メーカー間の競争が激化していた当時ならではの短いスパンです。エンジンはさらに熟成が進み、足回りにはガルアームと呼ばれた「へ」の字のスイングアームを装備。SP仕様に加えて、乾式クラッチと調整機構付きサスを装備した「SE」という仕様も登場しました。最後の45psモデルだけに、今でも市場では新車時の価格を超える高値で取り引きされているようです。
▲1993年式「NSR250R」(MC28)※写真はSE仕様
シリーズ最終型となったのが1993年に登場したMC28という型式のモデルになります。スイングアームが片持ちのプロアームとなり、エンジンは自主規制値が変わったことで最高出力が40psに抑えられています。2輪車初のカードキーシステムが採用され、レース用のカードを使用するとフルパワーを発揮。70psオーバーと言われていました。スタンダードとSP、SE仕様が用意され、その後はモデルチェンジも行われず1999年まで販売されました。
■2万回転近くまで回った超高回転型「CBR250RR」
250ccクラスのもう1つのレーサーレプリカが4スト4気筒エンジンを搭載した「CBR250R/RR」です。当時はレーサーレプリカと呼ばれながらも、実は元となったレーシングマシンはありませんでした。にも関わらず、今は250ccクラスの草レースで大活躍しているという変わったマシンです。
▲1987年式「CBR250R」(MC17)
「CBR250R」の名を冠したモデルが発売されたのは1987年のこと。250ccながらカムギアトレインの4気筒という精密なエンジンを搭載した「CBR250FOUR」の追加モデルとして、フルカウルをまとって登場しました。最高出力は45psでレッドゾーンは1万8000rpmからというスペックの高さもあり、年間2万台以上を販売する大ヒットモデルとなりました。
▲1988年式「CBR250R」(MC19)
続く1988年には早くもフルモデルチェンジ。ヘッドライトが丸目2灯となり、レーサーイメージがアップします。エンジンも燃焼室形状やカムプロフィールの変更、ピストンやコンロッドの軽量化と細かい部分までブラッシュアップがされ、スペック上の数値はそのままながら性能アップを果たしています。
▲1990年式「CBR250RR」(MC22)
そして1990年には、車名の「R」が1つ増え「CBR250RR」へと進化します。フレーム、エンジン、足回りなどは全て新設計となり、スイングアームは湾曲したガルアームを採用。エンジンはポート形状などを見直し、レッドゾーンが1万9000rpmから、レブリミッターが作動するのは1万9500rpmという驚きの超高回転型となります。それでいて、重心位置が低く、足つき性も良かったため当時は女性にも人気でした。
現行モデルでも「CBR250R」「CBR250RR」という名の車種はありますが、レプリカブームの頃に青春時代を過ごした人にとっては、CBRといえば4気筒というイメージが強いはず。MC22型は1994年に自主規制値の変更によって最高出力が40psにダウンしますが、4スト4気筒のモデルは生産終了する2000年まで販売が続けられました。
■市販車初の“RR”を冠した「CBR400RR」
▲1984年式「CBR400F F3」(NC17)
CBRシリーズには400ccクラスのマシンも存在しました。こちらは当時人気だった「TT-F3」という、市販車2スト250ccと4スト400ccクラスをベースとするマシンで競われたレースでの勝利を目指し、開発されたマシンです。ルーツとなるのは、1984年に発売された「CBR400F F3」というモデル。「CBR400Fエンデュランス」にフルカウルを装備した特別仕様車でした。空冷ながら「REV(Revolution Modulated Valve Control)」と呼ばれた低回転では2バルブ、高回転では4バルブが作動するエンジンを搭載し、最高出力58psを誇ります。
▲1985年式「CBR400Fフォーミュラ3」(NC17)
翌年には軽量化を主としたマイナーチェンジを受け(型式はNC17のまま)、シングルシートを装備した「CBR400Fフォーミュラ3」も追加されます。
▲1986年式「CBR400R」(NC23)
そして翌1986年にはエンジンが水冷のカムギアトレイン4気筒となり、車名が「CBR400R」へと変更されます。フレームまでフルカバーされたカウルを装備し、一気に雰囲気が現代っぽくなります。
▲1988年式「CBR400RR」(NC23)
しかし、このスタイリングがレーサーっぽくなかったため、1988年に「CBR400RR」へと生まれ変わります(型式はNC23のまま)。カウルのデザインがレーサーイメージの丸目2灯式に。フレームも目の字断面のツインスパーとなり、マフラーまでアルミ製で乾燥重量162kgという軽さを実現していました。ちなみに、ホンダのスポーツモデルで見慣れた“RR”を車名に冠したのはこのモデルが初めてです。
▲1990年式「CBR400RR」(NC29)
そのわずか2年後にはフルモデルチェンジを受け、フレームから新設計に。ガルアームタイプの湾曲スイングアームを採用し、ホイールも前後17インチとなります。水冷式のオイルクーラーも装備し、カウリングのデザインもさらにレーサーっぽい“本気度”高めのマシンに進化しました。前モデルと車名の表記は同じですが、このモデルから「RR」の読み方が「ダブルアール」になりました(それまでは「アールアール」)。その後、1993年に自主規制値の変更で最高出力が53psに引き下げられますが、2000年まで生産は続けられます。
現行モデルにも「CBR400R」は存在しますが、このマシンは2気筒。4気筒の「RR」の登場を期待してしまうファンも多いのではないでしょうか?
■ホンダならではのV4エンジンを搭載した「VFR400R」
ホンダのレーサーレプリカで特筆すべきなのは、直列4気筒の「CBR」シリーズに加えて、V型4気筒の「VFR」シリーズもラインナップされていたこと。むしろ、こちらのほうがレースで活躍していたので、ホンダといえばV4というイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。
▲1986年式「VFR400R」(NC21)
「VFR400R」が登場したのは1986年。レースで活躍していた「RVF400」からフィードバックされたカムギアトレインの90度V4エンジンをアルミツインチューブのフレームに搭載していました。最高出力は59ps。ただ、この頃はまだデザインはツアラーっぽさが残っています。
▲1987年式「VFR400R」(NC24)
レーサーレプリカっぽさが増したのは1987年発売のNC24型から。このモデルから、プロアームと呼ばれる片持ち式のスイングアームが採用されます。元々、耐久レースでホイール交換が容易なことから導入されたレース生まれの技術。公道用モデルにどれだけのメリットがあったのかわかりませんが、レーシングマシンと同じルックスに胸を熱くしたライダーは多かったのです。
▲1989年式「VFR400R」(NC30)
レーシングマシンのようなルックスにさらに磨きがかかったのが1989年に発売されたNC30型。丸目2灯のカウルはレーサーイメージが高まり、マフラーも左出しとなったことでプロアームによるリアホイールの存在感が強調されています。外観だけでなく、中身にもレースの技術をフィードバック。カム駆動をダイレクト・ロッカーアーム方式にすることでヘッドをコンパクト化し、エンジン搭載位置を35mm前方に移動してホイールベースも30mm短縮し運動性能を高めています。エンジンもクランク角をトラクション性能の優れた360度とするなど、公道よりもサーキットを見据えているようなスペックに当時のファンはこころを踊らせたのです。
▲1994年式「RVF400」(NC35)
1994年には、ついに車名までワークスマシンと同じ「RVF400」に。フレームは剛性としなりを両立した新設計となり、フロントフォークも同社のレーサーレプリカとしては初の倒立式が採用されます。自主規制値の変更でエンジンの最高出力は53psとされているものの、キャブレターをバキュームピストン式とし、外気を直接導入するダイレクトエアインテーク・システムの採用など、これでもかというほどレース由来の技術が注ぎ込まれていました。
ただ、このとき既にレーサーレプリカブームは下火になっており、TT-F3のレースも廃止され、このマシンには活躍の場は残されていませんでした。ホンダのレースでの活躍を支えてきたV4モデルだからこそ、最後の集大成としてワークスマシンと同じ名を冠してリリースされたのかもしれません。このマシンは2000年まで販売されていましたが、以後ホンダからは400cc以下のV4エンジンモデルは登場していません。
* * *
最後にホンダのレーサーレプリカを語る上で欠かせないモデルを紹介しておきましょう。それが世界耐久選手権シリーズで2年連続チャンピオンを獲得した「RVF750」の技術をフィードバックした「VFR750R」(当時からRC30という型式で呼ばれることのほうが多いくらいでした)。
▲1987年式「VFR750R」(RC30)
エンジンにチタン合金製のコンロッドを採用するなど本気度の高いマシンで、今なおファンが多いことから、ホンダでは今年からこのマシンのリフレッシュプランを開始することをアナウンスしています。
▲RC30リフレッシュプランのWebサイトでは、当時のカタログをPDFでダウンロードできる
文/増谷茂樹
増谷茂樹|編集プロダクションやモノ系雑誌の編集部などを経て、フリーランスのライターに。クルマ、バイク、自転車など、タイヤの付いている乗り物が好物。専門的な情報をできるだけ分かりやすく書くことを信条に、さまざまな雑誌やWebメディアに寄稿している。
- Original:https://www.goodspress.jp/features/295060/
- Source:&GP
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