編集部注:本稿はMario Gabriele(マリオ・ガブリエル)氏による寄稿記事だ。同氏はCharge所属の投資家であり、The Generalistの編集者でもある人物。
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1970年代半ば、Fereidoun M. Esfandiary(フェレイドゥン・M・エスファンディアリ)博士は自分の名前を変える決断をした。そのときから彼は、法律上も正式に「FM-2030」と呼ばれるようになった。
「現在の慣習に従った名前は、祖先、民族性、国籍、宗教など、その人の過去を表すものだ。今の私と10年前の私は違う。「2030」という名前は、2030年前後が魔法の年代になるという私の確信を反映したものだ。2030年には、人間は不老になり、すべての人に永遠に生きる十分な機会が与えられるだろう。2030年は夢でありゴールである」とエスファンディアリ博士は説明した。
2030年というと100歳になるが、彼はそんなことは気にしなかった。100歳まで生きる確信があったからだ。
改名した当時、すでに40歳を過ぎていたFM(Future Manの略ではないかと推測する人もいる)は、既存の枠には収まらないタイプの人間だった。イラン人外交官の息子だったFMは、11歳までに17か国を転々とした。1948年のオリンピックで母国のバスケットボールチームの代表選手になった後は、学問の道へと進み、カリフォルニア大学バークレー校とUCLAで学んだ後に、ニュースクール大学で最初の未来学の教授の1人となった。FMが「人類の新概念」を提唱し、ポストヒューマン時代への移行に必要なステップについて考察し始めたのはこの頃だ。ポストヒューマン時代はホモ・サピエンスが肉体の限界をテクノロジーによって超越して「超生物有機体」になる画期的な時代だと彼は説明していた。
人類は、21世紀の大部分を、FMが半世紀前に予言したことを実現しながら、ポストヒューマン時代に向かって突っ走ってきた。FMは未来学の学者として、3Dプリンター(彼はサンタクロースマシンと呼んでいた)の発明を予見し、さらには遠隔治療、遠隔会議、テレショッピング、遺伝子編集の登場も予測した。
こう見ると、現在、FMの予測どおりにポストヒューマン化のプロセスが順調に進んでいるように思える。しかし、後で2020年を振り返ったとき、我々はコロナウイルス危機がポストヒューマン化への大きな転換点になったと感じることだろう。今、人間性の核心をなす事柄に対する考え方が根本的に作り直されている。とりわけ、アイデンティティー、仕事、健康、愛に対する考え方が良い意味で見直されているように思う。つまり、ポストヒューマン時代が本格的に始まりつつあるということだ。
アイデンティティー
閉鎖された空間にいることが日常になった結果、アイデンティティーを物理的な肉体や場所と切り離して考える傾向が強まった。このような時でもコミュニケーションをとり、人と交流し、遊びたいと感じるが、どれも今はデジタル領域でしか行えない。こうした制約があると、新しい形の自己表現が自ずと形成される。例えば、Zoomの背景を使って自分が興味を持つ事柄を表現したりジョークを飛ばしたりもできるし、現実の世界並みに対話機能が充実したメタバースでアバターを使って交流を楽しむという方法もある。任天堂のAnimal Crossing(どうぶつの森シリーズ)では、数百万人が交流し、仮想資産を取引し、結婚式や会議を開いている。Travis Scott(トラヴィス・スコット)がマルチプレイゲームFortniteにて行った超現実的な世界感のバーチャルコンサートは同時ビュー数1230万、総動員数は2770万人を記録した。また、これらの仮想プラットフォームは人間の暗い一面も浮き彫りにしている。どうぶつの森では、一部の住人が、「醜い」と感じた村人をいじめたり虐待したりしているのだ。
このような変化はオフィスでも生じている。Pragliのようなツールの登場がその良い例だ。こうしたツールでは、「Tiger King」や「Love Is Blind」などから拝借した画像をZoomの背景に使うことよりもはるかにいろいろなことができる。Pragliでは、同僚とのテレビ会議に飛び込む代わりに、アニメスタイルのキャラクターで表された同僚のアバターとつながることができる。Pragli上でのアバターはオプションで変更可能だ。最新のアップデートでは、男性でも、髪を編んだり、カールさせたり、ポニーテールに結んだりできるようになっている。「楽しい」とか「悲しい」という表情も設定でき、現実の感情をアバターに投影しやすくなっている。
このような自己表現は、今、家の外ではマスクを着用してソーシャルディスタンスを保ち、個性を見せないという、いわば少し人間味に欠ける姿とは対照的だ。マスク着用のように、自分の一部分を「編集」することがスタイルとして確立されつつあるようだ。例えば、G95の「biohoodie」にはフェイスカバーが組み込まれており、クリエイティブスタジオのProduction Clubは、社交用に設計された防護服を発表している。最悪の事態が過ぎた後でも、これまでにない慎重さと暗黙のソーシャルディスタンシングがファッションに現れるようになるかもしれない。
仕事
「仕事は人に存在意義と目的を与えてくれる。仕事なしでは人生は空虚だ」とStephen Hawking(スティーブン・ホーキング)博士は語った。この言葉に同意するかどうかはともかく、確かに人は人生の大半を仕事との関わりの中で生きている。新型コロナウイルス感染症よって人間から仕事が奪われてロボットへシフトする機械化が加速しているが、同時に、人はそのことに感謝もしている。ロボットのおかげで重要なサービスの提供を継続でき、ウイルスとの接触を回避できるからだ。中国の無人小型トラックメーカーNeolixは、パンデミック以降、引き合いが急増しており、食料や医療用品の運搬や市街地の殺菌消毒などの業務を委託されている。AMP、UVD、そしてNuro(ニューロ)やStarship(スターシップ)といったサプライヤーでも同様に需要が増大しているが、Harmonic Drive(ハーモニックドライブ)やファナックなどの業界大手の注文状況を見ると、業界全体で需要が増えていることがわかる。今年の第1四半期のファナックの受注量は昨年の第4四半期から7%増加した。
この傾向は肉体労働に限った話ではない。顧客サポート部門やモデレーション部門が閉鎖される中、多くの企業がAIソリューションを積極的に導入している。Facebook(フェイスブック)とGoogle(グーグル)は自動モデレーションを拡大したし、PayPal(ペイパル)は、ここ数週間の顧客からの問い合わせのうち65%をチャットボットで対応した。これは同社の最高記録だ。
幸い仕事を失わずに済んだ人も仕事の環境がこれまでとは一変するかもしれない。ロボットとの協業を強いられ、機械化されたシステムの一部として扱われることが多くなるだろう。Walmart(ウォルマート)では受付係が自動フロア清掃ロボットと並んで仕事をするようになるだろうし、マクドナルドの調理係はキッチンの至るところでロボット副料理長と一緒に仕事をすることになるかもしれない。Amazon(アマゾン)の倉庫係は、Kiva Systems(キヴァシステムズ)買収のおかげでロボットとの協業にはすでに熟練しているが、今後は、温度カメラで温度管理された倉庫内でパレット運搬係と同じように管理されることに慣れる必要があるだろう。これは、世界各国およびあらゆる業界で取り組みが進んでいる広範な監視キャンペーンのごく一部にすぎない。中国では、人の出入りを監視するカメラの設置台数を増やしており、企業は社員を監視するための「tattleware(上司用監視)」ソフトウェアの購入に予算を割いている。こうした傾向の恩恵を受けるのは、分刻みで社員のオンラインでの仕事ぶりを監視するInterGuard(インターガード)などの企業だ。Sneekでは、最大で1分に1回、作業員の写真が撮影される。SneekのCEOは、「sneeksnapコマンドは、同僚が鼻をほじるなど、ちょっとばつの悪いことをしたときに特に便利だ」と冗談を飛ばした。
健康
人は目覚めている時間の大半を、健康のことを考えて過ごしている。自分の弱い部分に対する意識が強くなると、肉体的な限界を引き上げてくれるテクノロジーに注目し始め、まるでお試しソフトを使うかのように、自分の体でいろいろなテクノロジーを試すようになる。ビタミンCや亜鉛などの免疫力向上サプリメントへの関心が高まっており、そのようなサプリメントの売り上げは今、うなぎ登りだ。さらには、インフルエンサーが宣伝しているオゾン注腸療法などのリスクの高い方法も注目を集めている。トランプ大統領やブラジルのJair Bolsonaro(ジャイール・ボルソナーロ)大統領をはじめとする世界のリーダーたちが推奨したことがきっかけで、ヒドロキシクロロキンの需要も急増し、処方回数は5倍増になっている。
大統領の意見や問題となっている療法についてどう感じるかはさておき、これらはスピード重視の反復型治療であり、熟考されるFDAの承認プロセスよりもシリコンバレーの合言葉「素早く動き、破壊せよ!」に近い。健康リスクに対して極めて寛容なことで知られるBiohackingコミュニティは、空き時間にオンラインで協力して新型コロナウイルスワクチンの研究開発に取り組んでいる。「Biohackingはかつては似非科学コミュニティだったが、DIYバイオロジー、コミュニティラボ、ハッカースペースなどの領域で、ある意味大ブレークしようとしている」とあるコントリビュータはいう。
直接試すという方法以外にも、想定外の未来にも対応できるように今から肉体の限界を引き上げておくことにも注目が集まっている。自宅隔離が続く今、生殖能力低下への不安を抱えている、あるいは将来が見通せない今の状況では子づくりは難しいと感じる男性が、Legacy(レガシー)などの企業が提供している在宅精子凍結サービスの利用に関心を示しているという。また、Modern Fertility(モダンファティリティ)とSoFi(ソフィー)が1894人の女性を対象に行ったアンケート調査でも同様の結果が出た。このアンケートでは、31%がパンデミックによって妊活プランが影響を受けたと回答し、41%が新型コロナウイルスが原因で子づくりを遅らせるつもりだと回答した。
恋愛
「問題は私が独身で、これからも独身でいる可能性が高いことではない。私が孤独で、これからも孤独でいる可能性が高いことが問題なのだ」と小説家のCharlotte Brontë(シャーロット・ブロンテ)は書いた。
現在の状況では、彼女が書いたこの悲惨な状態から抜け出す方法があまり見当たらないため、AIコンパニオンに注目する人もいる。2015年に開発されたReplikaは、共感的なテキストメッセージを送ることでデジタルセラピストとしてのサービスを提供するチャットボットである。月間50万人にのぼるアクティブユーザーたちにとって、Replikaはあまりにも魅力的すぎて抵抗できない存在のようだ。アクティブなユーザーの40%がこのチャットボットを恋人だと思っている。新型コロナウイルスは、人とAIパーソナリティの間の関係を深めるのに理想的な触媒として機能するのかもしれない。本当のパートナーよりもAIパートナーのほうに愛情を感じるという兆候がすでに出始めている。マイクロソフトのチャットボット「Xiaoice」に関する研究によると、Xiaoiceとの会話のほうが人間どうしの会話より長続きするという。
生身の人間との愛を見つけることにエネルギーを注いできた人たちにとって、今回のパンデミックは恋人と会うことの意味をいや応なく考え直す機会となった。対話は、チャットやテレビ電話など、ほとんどオンラインで行われるため、相手に求める条件も変わってくる。住んでいる場所は重要ではなくなり、いつでも話せること、答えがすぐに返ってくることが重要になる。触れたいという願望(気持ち悪い言い方をすれば「肌への渇望」)が御しがたくなると、当事者は何とかして実際に会おうとする。その過程で、人はパートナーを潜在的な脅威、つまり、意図は良くても自分を危険にさらす可能性のある肉体の持ち主とみなす。その際、個人を肉体と切り離して見るようになる。肉体は、交渉する必要のある法的責任を保持する独立した存在となる。パンデミックの期間が長くなると、このような恐怖が無意識の嫌悪感と化し、もっと禁欲的な時代に存在していた、肉体に対する嫌悪感がよみがえってくる。このような道徳観を修正するには時間を要する。
今、自己は壊滅的な被害を受けている。ただ、それは悪いことではないかもしれない。アイデンティティーがオンラインに移り、仕事が奪われ、物理的な肉体がOSのように最適化され、愛から肉欲がそぎ落とされるとき、新しい機会が生まれるだろう。人は新しい自己表現方法に意味を見出し、仕事を超えた目的意識を見つけ(または仕事の意味を定義し直し)、「生物学が世界を席巻する」のにともない肉体的な限界が引き上げられ、新しい存在に愛情を見出すようになるだろう。我々は今、シュンペーター学派のいう「創造的破壊」の時代を生きており、それを産業的なレベルではなく人類学的なレベルで感じている。ここから素晴らしいことが起きるかもしれない。
FM-2030にとって、未来とは驚くべき場所であった。そこでは「人々は特定の家族や派閥に属することなく、地球全体を、さらには地球外まで自由に流れるように動き回る。個人が尊重されると同時に全体性も維持される」と彼は考えていた。新型コロナウイルスがもたらした変化は人類に暗い影を落としたが、FMが描いていたビジョンの中には今、実現しているものもある。人類は今まさに世界中で一致団結し、かつてない結束力で共通の敵に立ち向かっている。おそらく、時間が経てば、FMの残りの夢も実現するだろう。
ただし、FM-2030の先見の明をもってしても、1つの予測だけは大きく外れてしまった。2000年に膵臓がんで亡くなったFMは100歳の誕生日を迎えることはできなかった。享年わずか69歳。もし100歳まで生きていたら、今でも未来を創造する役割を担っていただろう。FMの遺体は人体冷凍によりアリゾナ州スコッツデールに保存されている。もしかしたらそこで、彼は世界が自分に追いつくのを待っているのかもしれない。
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Category:人工知能・AI
Tag:コラム
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(翻訳:Dragonfly)
- Original:https://jp.techcrunch.com/2020/06/10/2020-06-01-the-coronavirus-has-hastened-the-post-human-era/
- Source:TechCrunch Japan
- Author:Mario Gabriele
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