編集部注:本稿はEric Tarczynski(エリック・タルツィンスキ)氏による寄稿記事。同氏は、フェイスブック、テスラなど多数の企業の創業者から支持されているネットワーキング主体のベンチャー企業Contrary(コントラリー)のマネージングディレクター。
—–
California State University(カリフォルニア州立大学)は2020年秋に始まる新学期の授業はすべてオンラインで行うと発表した。Northeastern University(ノースイースタン大学)は通常体制で再開する。UT Austin(テキサス大学オースティン校)は、感謝祭の休暇までは対面授業を行い、その後にやってくるインフルエンザの流行期にはオンライン授業に切り替えるというハイブリッド型の対応策を予定している。
これは学生起業家にとって、今までに経験したことのない状況だ。従来のリソースやネットワークはまったく機能していない。しかし、起業への意欲に燃える学生たちにとってこれまでは最も希少なリソースであった「時間と集中」が、今はかつてなく豊富に使える。
Facebook(フェイスブック)もMicrosoft(マイクロソフト)もハーバード大学の試験勉強期間(学生が試験準備に集中できるよう授業が休講になる週)に創業されたというのは有名な話だ。今年の春は、いわば長い試験勉強期間のようだった。大学によっては通常の試験勉強期間より課題が少ないところもあった。
低下する授業の優先度
Stanford University(スタンフォード大学)の学部生Markie Wagner(マーキー・ワグナー)さんは、大学が導入した必修単位の「合格・不合格」評価制度をうまく利用している。合格しさえすれば単位が取得でき、レター・グレードによる評価を気にしなくてよいため、マーキーさんと友人たちは思うままに、講義への出席は二の次にして、起業家に会うことやビジネスのアイデアを試すことに力を注げる。
「今学期は完全ハッカソンモードで動く予定。これまでにたくさんの創業者やVCに会って勉強してきたわ」とマーキーさんは語る。最終学年となる来年度は会社の設立に時間をあてたいと考えているマーキーさんにとって、一足先にリサーチや人脈作りを始められるいい機会になっているようだ。
新型コロナウイルスのパンデミックにより大学の閉鎖が長期化した場合、学生たちは、履修単位数が少ない期間が1学期とはいわずもっと長く続く事態に直面せざるを得なくなる。
オンライン授業になっても学費が減額されないことについて、腹立たしく思っていない人はほとんどいない。Contrary(コントラリー)のネットワークに参加している学生の多くがギャップ・イヤー制度の利用を計画している。または、Austin Moninger(オースティン・モニンガー)さんのように、最終学年を丸ごと飛び級しようとしている学生もいる。Rice University(ライス大学)でコンピューターサイエンスを専攻している大学4年生のオースティンさんは当初、2021年春の卒業を予定していたが、今後もオンライン授業が続く見込みを踏まえて卒業を早めることを決めた。現在、フルタイムのソフトウェアエンジニア職に就こうと求職中だ。「結局は経験や人脈を得るために学費を払っているということにみんな気づいたんだ。大学で経験と人脈が得られなくなったんだから、自分の時間とお金は別のところで使った方がいいよね」とオースティンさんは語った。
これは大学の立場を揺るがす事態だ。休学や入学延期を許可してクラス規模や財務状況を危険にさらすか(実際に、Dartmouth’s Tuck School of Business(ダートマス大学タック・スクール・オブ・ビジネス)はこの理由から、入学延期を許可しないことを決めた)、今後も学費を減額せずにブランドイメージを危険にさらすか、どちらかを選ばなければならない。
一方で、キャンパス閉鎖や授業のオンライン化の影響を大学以上に受けている学生たちもいる。バイオテクノロジーやハードウェアなどの分野でリサーチ主導の起業を目指す学生にとって、目標に向かって進むには高価な実験器具が備わっている大学のラボを使うことが欠かせない。大学で起業と聞くとフェイスブックやSnap(スナップ)などの、純粋にソフトウェアだけが必要な業態を最初に思い浮かべるかもしれないが、すべての学生起業家がそのように設備をあまり必要としない事業を立ち上げているわけではない。
長引くキャンパス閉鎖やオンライン授業が教育そのものに及ぼす影響や、それが創業者に与える長期的な影響も不透明だ。これまで創業者は本格的に起業して利益をあげようとする前に、学位取得に必要な単位をほぼ履修し終えていることが多かった。2020年に入ってから現在までの間に、市場が必要としているスキルと大学が教育しているスキルとのギャップについて観察する機会はまだ得られておらず、この状況は年末まで続くだろう。
高度に技術的なスタートアップを起業する場合を除き、起業に必要な技術的または財務的知識を独学と実践によって習得できる起業家であれば、会社を興すことは可能だ。それを示す絶好の例が、Malwarebytes(マルウェアバイツ)のMarcin Kleczynski(マーチン・クレジンスキー)CEOである。クレジンスキー氏はThe University of Illinois at Urbana–Champaign(イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校)の1年生だった時に、のちに有名企業となるサイバーセキュリティ企業マルウェアバイツを起業したが、大学ではC評価を得るのに必要最低限の勉強しかしていなかった。
キャンパス環境のバーチャル化
大学のキャンパス閉鎖が始まってからも学生起業家に対するシード投資は鈍化していないとはいえ、起業は相変わらず簡単な仕事ではない。
22歳の学生起業家たちにとって最大の障壁は通常、スタミナ不足でも生意気な性格でもなく、適切な共同創立者を起用し、初期チームを採用するのに必要な人脈を築くことだ。キャンパスにいれば、そのような人材と幸運にも自然に出会える確率は十分高い。しかし、大学の閉鎖が長期化し、オンライン化がその穴を埋めることができなければ、新規起業数も停滞することだろう。
知り合って1年以内の創業者たちが共同でスタートアップを立ち上げることはほとんどない。現時点では、この問題が顕在化するほどの時間はまだたっていない。しかし、学生仲間と深く知り合うことができないキャンパスでは、長期にわたる絆を築くのは不可能だ。
この問題を解決する1つの手段として、コントラリーは今年の春に創業者のためのバーチャルコミュニティを開設した。1つのコミュニティルーム(実際にはSlackのチャンネル)に100人が参加できるようにし、参加者どうしが一緒に時間を過ごす機会や起業のためのツールを提供するというシンプルな仕組みだ。
このコミュニティで参加者がさまざまなアイデアやプロジェクトを試した結果、6週間で150以上のコラボレーションが生まれた。参加した創業者の75%は、リモート作業に移行して以来こんなに生産的に仕事ができたのは初めてだと述べ、コミュニティプログラム終了後には参加者の約70%が自社の業務を続けよう、あるいは新しいプロジェクトを始めようと計画していた。
おそらく、最も特筆すべきは、形成された人脈の幅広さだろう。参加者による交流のほとんどは別の大学に通う学生たちとのものだった。たとえ世界トップレベルといわれる大学でも、1校だけでは全国にいる優秀な人材のうち数パーセントしか集めることができない。バーチャルコミュニティにより、有望な人材をつなぐ人脈をはるかに拡大することができたのである。
Reddit(レディット)のSteve Huffman(スティーブ・ハフマン)氏やKayak(カヤック、現在はLola(ロラ))のPaul English(ポール・イングリッシュ)氏などの成功した起業家によるオフレコ講演会も開催したが、参加者にとって最大の収穫は、このコミュニティに参加しなければ出会えなかったであろう、同じ目的を持つ仲間とつながることができたことだった。このコミュニティプログラムは、大学の閉鎖により失われた幸運な出会いを人工的に創り出し、それを「話すよりも行動する実際の機会」という、起業に欠かせないもう1つの材料と混ぜ合わせたのである。
大学はツールセットのようだと考えることができる。教育、人脈、資格、社会的学習などすべてが1つの総合的な経験を形成している。
しかし、ここ10年ほどは、大学が提供していたそのような価値の大部分が他の組織に侵食されてきていた。
例えば、Thiel Fellowship(ティール・フェローシップ)に応募するか、有名企業の実績あるインターンシップに参加すれば才能があることを証明できるし、Scott Kupor(スコット・カーパ)氏の著作やPaul Graham(ポール・グレアム)氏のブログを読めばベンチャー起業について学ぶことができる。
つい最近まで、大学が提供する主な「ネットワーク効果」は、優れた実績を持つ人物に会うためにはキャンパスに行かなければならない、という事実の上に成り立っていた。しかし、新型コロナウイルスの影響で人との交流の大部分がクラウド上へとシフトした今、その定石に従わなくても人脈が作れるようになったのだ。
学生起業家の未来は明るい
新型コロナウイルス感染者数が横ばいになり、いずれはゼロになることを誰もが望んでいる。しかし、その時が来るまで、学生起業家は資金調達、人脈や信用の構築、学習の場を学外で探して集中的に活用していく必要があるだろう。
コントラリー、Slack(スラック)、Y Combinator(ワイ・コンビネーター)、AWSの無料クレジットがもし存在していなかったら、大学の閉鎖は学生起業家にとって死刑宣告と同じだっただろう。しかし、シリコンバレーとつながってビジネスを始める方法は大学以外にも数多くある今、意外なことに状況はコロナ禍前後でほとんど変わっていないのである。
関連記事:ザッカーバーグの才能を見出した投資家、次は「優秀な学生は大企業へ」を覆す
Category:VC / エンジェル
Tag:コラム アントレプレナーシップ
[原文へ]
(翻訳:Dragonfly)
- Original:https://jp.techcrunch.com/2020/06/11/2020-06-03-university-entrepreneurship-without-the-university/
- Source:TechCrunch Japan
- Author:Eric Tarczynski
Amazonベストセラー
Now loading...