新世代の細胞治療のために、あらゆるヒト細胞の再現を目指すBit Bioが約44億円を獲得

「生命ソフトウェアのキーボードのEnterキー」を売り込むスタートアップBit Bio(ビットバイオ)は、最近の4150万ドル(約44億5000万円)の資金調達に3週間しかかからなかった。

もともとBit Bioは、Elpis Biotechmologyというギリシャ神話における希望の女神にちなんだ社名で知られていた。英国のケンブリッジにある同社は、2016年にMark Kotter(マーク・コッター)氏が創業した。ヒト細胞株のコスト削減と生産能力向上のための技術の商業化を目指している。ヒト細胞は、製薬会社の創薬や標的遺伝子療法を加速する手段として利用できる。

同社の目標は、あらゆるヒト細胞を再現することだ。

「現代は生物学と医学において非常に重要な時期だ。明らかになった本当のボトルネックは、ヒト細胞の大量かつ安定的な供給源だ」とコッター氏は語る。「これは創薬にとって重要だ。臨床試験の失敗率を見ると、史上最高となっている。研究所や臨床現場におけるバイオテクノロジーの大幅な進歩とは正反対だ」。

科学者が人間のゲノムを完全にマッピングしてから17年、CRISPRと呼ばれる遺伝子編集技術で遺伝物質を編集し始めてから8年で、病原体が生物内に広がるメカニズムを正確に狙う新薬や個々の患者の遺伝物質に基づく治療法が急増した。

病原体の広がりを防止したり疾患の影響を軽減したりする治療法や低分子薬の開発には、市場に出す前にかなりの試験が必要となる。Bit Bioの創業者は、同社が市場投入までの時間を短縮し、患者に新しい治療法を提供できると考えている。

Richard Klausner(リチャード・クラウスナー)氏のような投資家が、Bit Bioの事業に投資するチャンスに飛びついた仮説はそれだ。同氏は有名なバイオテクノロジー関連の連続起業家であり、国立癌研究所の元ディレクターで、Lyell Immunopharma、JunoGrailといった革新的バイオテクノロジー企業の創業者でもある。

クラウスナー氏の他にも、有名なバイオテクノロジー投資会社であるForesite Capital(フォーサイトキャピタル)、Blueyard Capital(ブルーヤードキャピタル)、Arch Venture Partners(アーチベンチャーパートナー)が加わった。

「Bit Bioは美しい科学に基づいている。同社のテクノロジーは、幹細胞の応用に、エンジニアリングに対して切望されている精度と信頼性をもたらす可能性がある」とクラウスナー氏は声明文で語った。「Bit Bioのアプローチは、新世代の細胞治療を可能にし、数百万人の生活を改善する生物学のパラダイムシフトを象徴している」。

画像クレジット:Andrew Brookes / Getty Images

Bit Bioの事業の中心にある技術の開発にあたるコッター氏自身の道は、ケンブリッジ大学の研究所で10年前に始まった。同氏はそこで、科学者らにヒトの成熟細胞を胚性幹細胞に変換することを可能にした(UCSFリリース)山中伸弥氏の革命的な発見に基づき研究を開始した。

「我々がやったことは、山中氏がやったことだ。すべてをひっくり返した。知りたいのは各細胞がどのように定義されているか。それがわかればスイッチを押すことができる」とコッター氏は語る。「ある細胞をコードする転写因子を見つけ、そのスイッチをオンにする」。コッター氏によると、この技術は胚性幹細胞に新しいプログラムをアップロードするようなものだという。

同社はまだ初期段階だが複数の重要な顧客を獲得しており、その技術に基づく姉妹会社を立ち上げることに成功した。Meatable(ミータブル)というその会社は、同じプロセスを利用してラボで育てた豚肉を製造している。

関連記事:動物を殺さずに肉の細胞を得る、培養肉生産技術開発のMeatableが10億円超を調達

Meatableは、動物を殺さずに細胞の分化と成長を利用して、肉の細胞を製造する商業的に実行可能で特許取得済みのプロセスを初期から提唱している会社だ。

他社は細胞分裂と培養を刺激するためにウシ胎児血清またはチャイニーズハムスターの卵巣を利用してきたが、Meatableは動物から組織をサンプリングして多能性幹細胞に戻し、その細胞サンプルを筋肉と脂肪へと培養し、おいしい豚肉製品を作るプロセスを開発した(Cell Based Tech記事)という。

「当社は、初期段階の細胞が筋細胞になるとき、どのDNA配列が寄与するのか理解している」とMeatableの最高経営責任者であるKrijn De Nood(クリジン・デ・ヌード)氏は述べた。

Bit Bioと似ているように見えるのは、それが同じ技術だからだ。ただ、人間の細胞ではなく動物を作るために使用されているだけだ。

画像クレジット:PASIEKA  / SCIENCE PHOTO LIBRARY / Getty Images

Meatableが細胞分化技術を商業化する形の1つなら、Bit Bioと創薬会社であるCharles River Laboratories(チャールズリバーラボラトリーズ)との提携はまた1つの形だ。

「当社は研究と創薬のためにヒト細胞を使用して実際に収益を生み出すビジネスの顔を持っている。大規模な前臨床受託研究機関であるCharles River Laboratoriesと提携している」とコッター氏は述べた。「この提携により、Charles Riverに対し当社のテクノロジーへの早期アクセスを提供した。彼らには、創薬を手助けして欲しいという通常のビジネスクライアントがいる。現在の大きなボトルネックは、ヒト細胞へのアクセスだ」。

新薬の試験が失敗するのは、開発された治療法が人間にとって毒であったり、人間には作用しなかったりするからだ。違いは治療がどれほど効果的であるかを証明するための実験のほとんどが、人間の試験に移る前に動物実験に頼っているということだ、とコッター氏は説明する。

コッター氏によると、同社はまた独自の細胞療法を開発する準備を進めているという。最大のセールスポイントは、Bit Bioが精密医療にもたらす精度の向上だ。「細胞療法では細胞の混合バッグを使う。機能するものもあれば危険な副作用をともなうものもある。当社は正確性をもたらすことができる。安全が現時点で最も大きい」。

同社は、他社の細胞培養の混合バッグと比較して、1週間未満で100%の純度の細胞株を生産できると主張する。

「当社の究極の目標は、あらゆるヒト細胞を生産できるプラットフォームを開発すること。これは人間を形作る『生命のオペレーティングシステム』としての細胞の動きを支配する遺伝子を理解すれば最終的に可能だ」とコッター氏は声明で述べた。「癌、神経変性疾患、自己免疫疾患に取り組む新世代の細胞療法や組織療法の可能性を解き放ち、さまざまな状態で効果を発揮する薬の開発を加速する。主だったディープテクノロジーやバイオテクノロジー投資家の支援が、生物学と工学のこのユニークな融合を促進する」。

画像クレジット:KTSDESIGN / SCIENCE PHOTO LIBRARY / Getty Images

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(翻訳:Mizoguchi


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