コップにヒントを得た画期的な「からまないブラシ」は掃除機に革命をもたらすのか?

パナソニックが2020年7月20日に発売したコードレススティック掃除機「パワーコードレス MC-SBU840K」は、髪の毛やペットの毛などがからみにくい「からまないブラシ」を新たに採用した。

同社の掃除機のヘッドノズルには1967年から回転ブラシを搭載しているが、それから53年目を迎えて大幅な進化を遂げたと言える。

▲コードレススティック掃除機「パワーコードレス MC-SBU840K」(実勢価格9万円前後)

円錐の先端が向かい合うような形で中央に空間を空けた「ダブルブラシ」を採用することで、巻き付いた毛を中央付近に寄せながら吸引口から吸引するというもの。詳しくは後で紹介するが、タネ明かしをすると「コロンブスの卵」のような構造になっており、今まで掃除機を使う上で最もストレスだった“ブラシの毛処理問題”が解消された画期的なモデルだ。

▲最新の掃除機に新たに採用した「からまないブラシ」

では、からまないブラシはどのようにして生まれたのか。その開発の経緯について、パナソニック アプライアンス社 クリーナー設計課の堀部 勇氏に存分に語っていただくことにしよう。

■長年の不満であった「ブラシの手入れの面倒さ」に着目

▲パナソニック アプライアンス社 ランドリー・クリーナー事業部 クリーナー事業 クリーナー技術部 クリーナー設計課の堀部 勇氏

からまないブラシは2つに分かれた円錐型のダブルブラシを採用しており、ブラシの中央に空間があるのが特徴です。密集したブラシでかき取った毛を中央に移動させて、中央の吸い込み口から吸引するのが大きな特徴です。(以下、堀部氏談)

▲からまないブラシの仕組み

お客様から意見をいただく機会は以前からありましたが、やはりブラシにからまった髪の毛やペットの毛を手入れするのが大変という声はずっと前からあり、それを解決したいと思っていました。

以前にも、ブラシの間に毛が入り込まないようにと開発した「ゴムブレード」や、ブラシの径を大きくすることで短い毛がからみにくいようにしたブラシなどもありました。しかしゴムブレードは凹凸のある床面に入り込みにくく、径の大きなノズルは長い毛だと巻き付いてしまうなど、掃除性能と巻き付きにくさの両立が難しいのが今までの課題でした。

▲ブラシの間に毛が入り込まないようにと開発した「ゴムブレード」

▲こちらはからまりを防ぐ狙いでブラシ径を大きくした「DDブラシ」

そこで市場にあるブラシについても調査しました。ブラシを抜くと毛が抜けるもの、からんだ毛を刃物で刈り取るものなどがありますが、どうしてもある程度は残ってしまい、どれも完璧ではないということを確認しました。

 

■約1年間、試行錯誤してから回転ブラシに回帰

ブラシが回転するから毛を巻き込むので、当初は無限軌道のようなタイプや、畑を耕すクワのようなデザインのものを試作してみました。やってみなければ分からないということで、静電気で付着させて取る形なども検討しましたが、ゴミ取り性能との両立が難しく、うまくいきませんでした。

最終的に、50年以上前から採用している回転ブラシでかき取るというのがゴミ取り性能の面ではベストだと気付き、それを改良しようと考えるまでに1年かかりました。

ではなぜ毛がからんでしまうのか。ブラシはゴミをキャッチしなければならないために毛をキャッチするのですが、その後巻き上げる時点で吸い込み口から吸い込めずに巻き付いてしまうというのが問題の本質です。

そこでブラシの後ろに“クシ状”のものを付けて毛を回収する方法を考えましたが、余計に取れなくなるという結果に…。手入れを楽にするため回転ブラシを左右に外せるスタイルも考えましたが、ブラシを外さなければなりませんし、全部は取りきれないため改善効果が弱いとなり、開発が一時止まりました。

■デスクに置いてあったコップの“円錐形状”に光明が!

あるとき、髪の毛が大量に巻き付いたブラシを見たところ、中央と左右にたくさん付いていて偏りがあることに気づきました。そこでなぜ偏るのかを検証したところ、ふたつの原因があることが分かりました。

▲髪の毛のからまりが中央と左右に偏っているのを発見してから方向転換が進んだ

ひとつは「V字ブラシ」のゴミを中央に集める効果です。ふたつめは、掃除する際に普通はノズルを左右に振ると思うのですが、これによって左右に寄ることが分かりました。そこで、それならかき取った毛を動かせるのではないかという発想に至ったのです。

まずはブラシの毛の長さを変えることで毛が寄らないかと考えたのですが、毛の長さを変えることで掃除性能の本質が下がってしまいダメでした。次は左右に風を流すことで中央に寄せられないかと考えましたが、ほとんど効果がありませんでした。

▲ブラシにからまる毛を動かせないかと試行錯誤した

そんなとき机に置いてあった、出張や年休などの状態を表示するプラスチックのコップが目に入りました。円錐形状になっているため(コップを重ねても)取りやすくなっています。

同じ円錐形状のコマを思い浮かべたところ、ヒモを巻いても強く引っ張ると抜けてしまうのを思い出しました。円錐形にすることで、毛が巻き付いても抜けるのではないかと実験したら、すごく結果がよかったのです。

▲重ねても1個1個取りやすいプラスチックのコップを見たことで、円錐形状のブラシにたどり着いたという

円錐形といっても、最初は1本の円錐形状のブラシを用いたものでした。吸い込み口を中央に設けたところ、中央付近で髪の毛が止まってしまって動かなくなったため、次に吸い込み口を横にずらしました。

すると吸えるようにはなったのですが、どうしても取りきれないものが出てきました。また、吸い込み口が中央にないため、ノズルが自然と曲がってしまい、操作性も悪いため挫折しました。

▲当初検討したのは、1本の円錐形状のブラシを用いたものだった

その後、これを縮小して横に2個並べ、ちょうど中間に吸い込み口を持ってくれば吸えるのでは……そういう発想に至ったのが「ダブルブラシ」です。

▲円錐形状のブラシの頂点を向かい合わせることで中央にからまった毛を移動させることに成功した

 

■吸い込んだ毛がスムーズに流れるように5つの改良を加える

円錐状の回転ブラシにたどり着くのも時間がかかりましたが、円錐形のブラシも、中央に空間が空いている形状も業界初のため、その構成をどうやって実現するかに苦労しました。

従来のブラシは左右で保持されているため力に対して強いのですが、ダブルブラシは中央が空いているため、外からの力に弱くなってしまいます。いろんなものを吸ったときにブラシが曲がるようなことがあってはならないので、ブラシの中心からさらに中央寄りまで軸を入れることで強化しました。

曲がってしまうと中央部のゴミ取り性能が落ちるため、耐久性も必要です。そのあたりが技術的に難しいポイントでした。

▲毛を移動させるための改良ポイント

ひとつめは、V字ブラシです。従来のブラシと同様に、ゴミを中央に集めやすいV字ブラシを採用しました。

ふたつめはブラシの取り付け角度です。端に行けば行くほど角度が急になっており、これによってゴミを中央に送る力を強めています。

▲ブラシの取り付け角度が、中央に寄るほどゆるやかになっている

▲毛を移動させるポイント3、4

3つめはブラシの毛量です。従来のブラシに比べて毛量を約1.9倍に増やして密度を上げることで、ブラシとブラシの間に毛が入り込みにくくしました。

▲従来のブラシに比べて毛量を増やしたことで、毛が入り込みにくくなった

4つめがブラシの配置です。底面から見ると前の壁に沿うように傾いていますが、前側から見ても床面に対して平行になるように傾け、より毛を移動させやすいようにしています。

▲ブラシが床とノズルの前の面に当たりやすいようにブラシの取り付け角度を斜めにしている

5つめは、ブラシカバーに付けた「リブ(突起のようなもの)」です。これがあることで、ブラシにかき取った毛を中央に移動させやすくしています。

▲ブラシカバーに付けた「リブ」によって、毛を移動させやすくしている

■20人以上のモニターがテストし、さらに改良

「ダブルブラシ」を社内で提案したところ、営業部署からはすごくよい反応があったのですが、開発メンバーの反応はあまりよくありませんでした。これまでの苦労もあって「本当にできるのか」と言われましたが、技術者にアドバイスをもらいながら何とか作り上げました。

できあがった「ダブルブラシ」を、家族に30cm以上の髪の毛を持つ方20人以上にモニターとして1週間以上使っていただいたところ、「本当にからまない」、「使い勝手も思ったよりずっといい」といった反響をいただきました。

しかし回転ブラシには巻き付かないものの、ペットを飼われている家庭では、ブラシ下部のローラーにペットの毛がからまるのをなんとかしてほしいという声をいただき、そちらも同時に開発することになりました。

ローラーはゴミを吸うところではないので髪をキャッチしてほしくないのですが、ノズルを動かしてもうるさくならないようにするため、(吸音性のために)若干ゴミをキャッチしてしまうようなローラーを採用せざるを得なかったのです。そこでローラーの材質はそのままに、表面を特殊加工してつるつるにし、ゴミのキャッチ性を落としました。

従来のブラシはフローリング用の柔らかいブラシとじゅうたん用の固いブラシを交互に配置していましたが、今回は2種類の毛を組み合わせた1種類のブラシを採用しました。1種類に見えますが、じゅうたんもフローリングも対応でき、ゴミ取り性能は従来と同等になっています。

▲からまないブラシによって毛糸を吸い込むデモ。次々に吸い込んでいったが、1本もからみつくことはなかった

▲こちらは従来モデルのブラシによるデモ。髪の毛を吸い込んだところ、からみついてしまった

▲同様にからまないブラシで吸い込んだところ、やはり1本もからみつくことはなかった

 

*  *  *

“コロンブスの卵”というより“コペルニクス的”とも言える大転回か

コマに巻き付けたヒモを引っ張ると、ヒモがほどけながらコマが回転していくというのは多くの人が体験しているはずだ。逆に、コマが回転すると巻き付いたヒモがほどけていくと言われれば「なるほど」と思える。しかし、50年以上も前から掃除機に搭載していた回転ブラシをそのような形状にするという逆転の発想に至ったのは、今回のからまないブラシが初めてだった。

言われてみると「な~んだ」と思えるという意味では“コロンブスの卵”的と冒頭では書いた。しかし、これまで「からまった毛を手軽に取り除く」、「からまった毛をカットして吸い込む」、「なるべく毛がからまないようにする」といったアプローチはあったが、「毛がからまるのは仕方ないが、それをそのまま移動させて吸い取ってしまう」という発想には驚きを禁じ得なかった。他社の開発者は「やられた!」と悔しがっているのではないだろうか。

もちろん、これまで他社も含めて取り組んできた、「からまった毛をなんとか処理する」というアプローチも決して間違いではないし、それによって手入れの手間がかなり楽になってきたのは確かだ。2台のモーターを搭載したことで使用電流が変わったこともあり、従来モデルでからまないブラシを使うことはできないのは残念なところだ。

しかし「1本の毛もからませたくない」というパナソニックの今回の取り組みは、掃除機がまた新たな時代を迎えた象徴的なできごとといっても過言ではないだろう。今後もさらにどのような形で進化していくのか、他社はどのようにしてからまないブラシに対抗してくるのか。そのあたりも楽しみになってきた。

>> パナソニック「パワーコードレス MC-SBU840K」

<取材・文/安蔵靖志

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安蔵靖志|IT・家電ジャーナリスト 一般財団法人家電製品協会認定 家電製品総合アドバイザー、スマートマスター。AllAbout家電ガイド。ITや家電に関する記事執筆のほか、家電の専門家としてテレビやラジオ、新聞、雑誌など多数のメディアに出演。Facebookはこちら

 

 

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