前身のアバルト「500」が上陸したのは2009年のことなので、すでに日本でも10年以上のロングセラーモデルとなっているアバルト「595」。しかしその人気は衰えを知らず、いまだに販売台数を更新し続けています。
なぜアバルト595はこれほどまでに支持されるのか? 今回、その秘密を解き明かしてくれたのはモータージャーナリストの岡崎五朗さん。かわいらしいイタリアのホットハッチが売れている背景には、日本市場の特殊性がありました。
■アバルト595は“楽しさベース”で選ばれる代表選手
これまで自分で所有したクルマは20台を超えるが、つくづく思うのは“正しいクルマ選び”と“楽しいクルマ選び”は別物だということ。改めて振り返ると、心に残っているのは“正しいクルマ選び”ではなく“楽しいクルマ選び”の方だったりする。
もちろん、クルマ選びにはある程度の正しさも必要だ。子どもが生まれたのをきっかけに2シータースポーツを買うなんていうのはさすがに間違ったクルマ選びである。けれど、そんな極端な例を除けば、多少室内が狭かろうが音がうるさかろうが、好きかどうかという気持ちに素直に従った選択の方が幸せになれる可能性が高い。
親のワガママにつき合わされる子どもが可哀想だって? いやいや、少なくともわが家の子どもたちは、成人した今「ホンダ『ステップワゴン』もよかったけれど、フィアットの『パンダ』やフォルクスワーゲンの『ゴルフカブリオレ』の方が楽しかったな」といってくれている。父親への配慮などではなく、きっと本心だろう(と信じている)。
“楽しいクルマ選び”のもうひとつのメリットは、ジャンルにとらわれる必要がないことだ。用途に合った正しい選択をしようとすると、子どもが小さいからスライドドアだとか、諸経費が安いから軽自動車だとか、燃費がいいからハイブリッドだとか、フィルターが幾重にもかかってきてしまう。その点、自分の気持ちを基準にすれば、余計なフィルターを通さず自由に選べる。まあ現実問題として、価格の制約はかかってくるけれど、選択肢を中古車にまで広げれば選択の自由度は飛躍的に高まるし、そもそも高いクルマの方が楽しいとも限らないのは、アバルト595が見事に証明してみせている。
アバルトの595は“楽しさベース”で選ばれている代表的な1台だ。昨2019年、595とそのオープン仕様である「595C」は、日本での販売台数が過去最高を記録。その勢いはいまだ衰えず、コロナ渦で各社が苦戦する中、2020年7月には前年同月比プラス7%という驚くべき数字をたたき出した。
595シリーズのベースとなるフィアット「500」が登場したのは2007年で、13年も前の話。しかもボディタイプは日本で不人気の3ドアハッチバック。後席も荷室も決して広くはない。いや、むしろ狭いといった方が正しい。カタログ燃費も誉められた数字じゃない上に、燃料タンクの容量は35Lと小さいから頻繁に給油する必要がある。価格も決して安くはない。そんな不人気要素の塊のようなモデルが尻上がりに人気を獲得しているというのは、常識的には考えにくい。にもかかわらず販売台数を伸ばしているのは、595シリーズに日本人のハートを刺激する何かが宿っているからと考えるのが自然だろう。
■595が売れる理由は日本市場が洗練されているから
アバルト595の人気を支える要素を僕なりに整理すると、ふたつの理由に行き着く。
ひとつはキャラクターだ。MINIやフォルクスワーゲンの「ニュービートル」「ザ・ビートル」もそうだが、リバイバルモデルを含め、欧州製の個性的な大衆車はいつの時代も多くの日本人から愛されてきた。現行のフィアット500も現行MINIも人気をキープしているし、残念ながら生産中止になってしまったビートルも高い人気を誇った。瞬間風速ながら、主力モデルの「ゴルフ」よりニュービートルの方がたくさん売れたことのあるマーケットは、世界広しといえど日本だけだそうだ。
そう考えれば、先代フィアット500の小粋なキャラクターを忠実に再現した現行の500が人気者になるのは必然だったといっていい。いまだ古さを感じさせないセンス抜群の内外装、200万円〜という手頃な価格設定、定期的に新色が追加されるボディカラー、多彩な特別仕様車の投入といった巧みなテコ入れ、そして、高性能仕様であるアバルト595の存在などが陳腐化を防いできた理由だろう。フィアット500とアバルト595は互いに価値を高め合う存在として機能しているように思える。
そして、もうひとつの理由として、大衆車ベースの高性能モデルを好む人が日本には多いということを挙げたい。例えばゴルフの場合、高性能モデルである「GTI」の販売比率は日本が世界一。「なぜ日本人はそんなにGTIが好きなのか?」と、ドイツ本社も不思議がるほどGTIが売れる国なのだ。MINIもスポーティ仕様である「クーパー」の比率が高い。この文脈からも、フィアット500の高性能モデルであるアバルト595が人気なのは、決してまぐれではないことが分かる。
ミニバン人気、軽自動車シェアの拡大、燃費や広さ重視のクルマ選びなどなど、日本人のクルマ愛の低下が叫ばれて久しい。しかし、それは実のところ物事の一面だけを眺めた分析であり、実は日本には、まだまだクルマ好きがたくさんいて、そういう人たちがアバルト595のようなクルマを買っているのだ。
以前、MINIの開発担当者から興味深い話を聞いたことがある。「クラシックMINIを知らない人が多い新興マーケットでMINIを売るのはとても難しい。でも日本にはMINI好きがたくさんいてくれてありがたい」と。いまや世界最大の自動車マーケットとなった中国を始め、成長著しいアジアのマーケットと日本のマーケットが異なるのはその歴史だ。1960年代に本格的なモータリゼーションが起きた日本には50年以上の歴史があり、それがクルマ選びのスタンスに大きな影響を与えている。
ボディが小さくても、ドアが3枚しかなくても、積んでいるエンジンの排気量が小さくても、巨大なメッキグリルがついていなくても、中身が良ければ正当に評価される土壌が日本にはあるのである。いい換えれば、アバルト595が売れている日本の自動車マーケットは、非常に洗練されているということだ。
■カタログモデルから限定車まで多種多彩な595
実際、乗ってみると、アバルト595の中身は最高だ。弾けるようなエンジンの反応、刺激的なサウンド、ビビッドなハンドリングなど、すべてが楽しさにつながっている。まさに運転する楽しさを煎じ詰めたような仕上がり。クラッチペダルのない、ATモード付きの5速シーケンシャルトランスミッションも選べるが、アバルト595の楽しさを100%味わいたいならMTがいい。それもできれば、左ハンドル(右ハンドルはペダルレイアウトが窮屈)が理想だ。シフトを操作する右手とクラッチを踏む左足を駆使しながらコンパクトなボディを走らせる楽しさは、誇張抜きでポルシェやフェラーリにだって負けていない。フィアット500とはまるで別物といえる強靱なボディ剛性が生み出す上質な乗り味も、そんな印象を生み出している理由だ。
ベースモデル(145馬力/300万円〜)でも十分楽しいが、装備の充実した「ツーリズモ」(165馬力/363万円〜)を選べば、刺激性と日常性の両立点はさらに高くなるし、乗り心地を少し割り切って高性能仕様の「コンペティツィオーネ」(180馬力/383万円〜)をセレクトすれば、日常の移動が最高のエンターテインメントになると断言できる。
さらに見逃せないのは、定期的に投入される多彩な限定車だ。例えば、先頃登場した最新の「エッセエッセ」(180馬力/403万円〜)は、往年の高性能仕様をリスペクトした内外装が魅力。その豊かなストーリー性がオーナーの所有欲を満たしてくれることだろう。
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文/岡崎五朗
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
- Original:https://www.goodspress.jp/reports/319556/
- Source:&GP
- Author:&GP
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