先頃、日本に上陸したBMW「8シリーズ グランクーペ」は、今、世界的に流行しているクーペ風のセダンだ。
ベースは2ドアの「8シリーズ クーペ」で、ボディの後ろ半分を専用設計とした特別仕立ての4ドアである。最大の魅力はその美しいフォルムだが、実は走りも実用性も一級の欲張りなモデルだった。
■デザインやパーソナル性を昇華させた特別なモデル
8シリーズ グランクーペは、車名の頭にBMWのラインナップ中最大の“8”という数字を掲げることからも明らかなように、威風堂々たるボディサイズを持つ。直接的なライバルはメルセデス・ベンツ「CLSクーペ」辺りだが、今回の試乗車である「M850i xDrive グランクーペ」のように高性能エンジンを積むグレードなら、ポルシェの「パナメーラ」やメルセデスAMGの「GT 4ドアクーペ」なども競合相手となるだろう。
8シリーズ グランクーペは、2ドアの8シリーズ クーペをベースに4ドア化されたモデルであり、後席用のドアを備えつつもクーペのように美しさを誇る。リアシートの居住性を高めるべく、2ドアクーペに対してホイールベースは205mm延長されていて、全長は230mmロングに。とはいえ、間延びした印象は皆無で、逆に、より伸びやかなプロポーションになっている。
それにしても、なんと美しいルックスだろう。4ドアセダンであるにも関わらず、あえて2ドアクーペをベースとしたこと。このクルマを選ぶ意味は、そこに尽きる。BMWはハイエンドセダンとして「7シリーズ」をラインナップするが、8シリーズ グランクーペは後席の居住性を控えめとする代わりに、デザインやパーソナル性を昇華させたモデルといえば、そのキャラクターが分かるはずだ。シンプルに表現すれば、7シリーズは“コンサバでリアシート重視のモデル”であり、8シリーズ グランクーペは“フロントシート最優先で遊び心を感じさせるモデル”となる。つまり8シリーズ グランクーペは、セダンというよりも実用的な後席とリアドアを備えたクーペなのである。
そんな8シリーズ グランクーペを真横から眺めた時、ドライバーの座る位置に驚かされた。車体の前後中央にドライバーが着座する、まるでスポーツカーのようなパッケージングを採用しているのだ。これは、4ドアとしては異例中の異例であり、このモデルのDNAは4ドアサルーンではなくスポーツカーであることを実感させられる。
それは運転環境も同様で、ドライバーズシートに収まった際の着座位置や前方視界は、まさにスポーツクーペのそれ。着座位置は驚異的に低く、スポーツカーそのものであり、この時点で普通のセダンとは設計思想が全く異なることに気づく。後ろを振り向かない限り、2ドアの8シリーズ クーペとの違いが分からないほどだ。
しかもコックピットには、クリスタル製のシフトノブを始めとする上質なアイテムが随所に散りばめられている。
単なるクーペの次元を超えたラグジュアリーな雰囲気が、8シリーズ グランクーペのインテリアには漂っているのだ。
■スポーツクーペとして見れば望外な使い勝手
では、気になるリアシートの実用性はどうか? 「流麗なフォルムだから大したことはないだろう」と思いつつ乗り込んだのだが、いい意味で裏切られた。大人が普通に座っても、なんの不満もない空間が確保されているのだ。
特に、4ドア化に際して2ドア比で200mm以上もホイールベースが伸ばされた効果は絶大で、後席乗員のヒザ回りは驚くほど広い。また、フロントシートに対して着座位置が高くなった、いわゆる“シアターレイアウト”を採用していることもあり、前方がよく見えて思っていた以上に開放感がある。さらに頭上空間も、身長167cmの筆者には十分な余裕が残されている。もちろん、真横を見ると大きく傾斜したリアピラーが視界を遮るため少々閉塞感はあるが、それらも美しいルックスを実現するためのものと考えれば、全くウイークポイントには思えないはずだ。
こんなに流麗なルックスなのに、なぜ後席の居住性がしっかり保たれているのだろうか? その理由は、ボディサイズが大きいからにほかならない。かつて日本市場でもトヨタ「カリーナED」を始めとするクーペ風セダンが持てはやされたことがあったが、いずれも後席が狭く、芳しくない評価をしばしば耳にした。ボディサイズが小さい上に、クーペのようなデザインを重視した結果、限りあるスペースがさらに削られていたのだから、居住性に対して不満の声が挙がったのも納得できる。その点、8シリーズ グランクーペは、堂々たるボディサイズが与えられているため、クーペ風のスタイルを採用しても広い後席空間を得られたのである。
もうひとつ、8シリーズ グランクーペの実用性アップに貢献しているのが、大きなラゲッジスペースだ。
容量自体が440Lと大きい上に、荷室フロアの奥行きは1mオーバーと広大。そのため、ゴルフバッグもラクに積載できるし、それでも足りないとなれば40:20:40に3分割された後席の背もたれを倒し、用途に応じてスペースを拡大できる。スポーツクーペとして見れば、望外な使い勝手を獲得している。
■速いのはもちろんドライバーを高揚させる演出も巧み
8シリーズ グランクーペには、340馬力の直列6気筒ターボエンジンを積む「840i グランクーペ」と、320馬力を発生する直列6気筒ディーゼルターボを搭載した「840d xDriveグランクーペ」、そして今回試乗した、V8ターボエンジンを搭載するM850i xDrive グランクーペの3グレードがラインナップされている。トランスミッションはいずれも8速ATで、駆動方式は840iのみ後輪駆動、ほかはフルタイム4WDとなる。イマドキのBMWにおいては、高性能モデルの駆動方式は4WDがデフォルトなのである。
試乗したM850i xDrive グランクーペの最高出力は530馬力とパワフルで、当然ながらその走りはスポーツカーそのもの。パワフル、キビキビ、極上の心地良さといった3つのポイントで、ドライバーを高揚させてくれる。
速いのはもちろん演出も巧みで、どこまでも回り続けていくかのような伸びの良さと、高回転になればなるほど淀みなく湧き出すパワー感が痛快だ。さらに、アクセルをオフにした時やシフトダウン時には、「パン!」「ババババッ!」といった排気管で放たれる刺激的な破裂音が耳に届き、ドライバーを高揚させてくれる。
ちなみに8シリーズ グランクーペは、ボディの骨格内部にカーボン素材を活用した“カーボン・コア構造”を採用するが、これが軽量化だけでなく、剛性アップにも寄与している。そのため走行フィールは、7シリーズを始めとする普通の大型セダンとは一線を画す、ドライバーオリエンテッドの味つけとなっている。
ルックスはエレガントかつエモーショナルで、走りも刺激的でありながら、使える後席と荷室も確保された8シリーズ グランクーペ。その正体は、ワガママなニーズを満たしてくれる欲張りなモデルであり、常識にとらわれず自由を謳歌できる大型サルーンなのである。
<SPECIFICATIONS>
☆M850i xDrive グランクーペ
ボディサイズ:L5085×W1930×H1405mm
車重:2090kg
駆動方式:4WD
エンジン:4394cc V型8気筒 DOHC ターボ
トランスミッション:8速AT
最高出力:530馬力/5500回転
最大トルク:76.5kgf-m/1800~4600回転
価格:1723万円
文/工藤貴宏
工藤貴宏|自動車専門誌の編集部員として活動後、フリーランスの自動車ライターとして独立。使い勝手やバイヤーズガイドを軸とする新車の紹介・解説を得意とし、『&GP』を始め、幅広いWebメディアや雑誌に寄稿している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
- Original:https://www.goodspress.jp/reports/322816/
- Source:&GP
- Author:&GP
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