買っとかないときっと後悔する!「S660」はホンダ最後の手頃で贅沢なスポーツカーだ

ホンダは2021年3月12日、「S660」の生産を2022年3月で終えるとアナウンスした。かつて人気を博した「ビート」から続くホンダのミッドシップ軽スポーツカーの系譜が、これで(いったん)途切れることになる。

生産終了まで残り約1年。2015年デビューのS660の魅力と実力を改めて検証する。

■フツーの軽自動車には流用できない贅沢な専用設計

2022年3月をもってS660の生産が終了する。ホンダから届いたニュースに衝撃を受けたのは、筆者だけではないだろう。

S660は現在、ホンダオートボディー(旧・八千代工業 四日市製作所)にあるミッドシップ車専用の少量生産ラインで、軽トラックの「アクティ」とともに製造されているが、すでにアクティも2021年6月での生産終了が決まっている。今にして思えば、2019年に「アクティの生産終了」が発表された時から、S660のカウントダウンは始まっていたのだろう。アクティの生産を終えた後はS660だけが作られることになるが、それで生産ラインを維持できるわけがないからだ。

とにもかくにも、S660が新車で買えなくなってしまう。それはクルマ好きにとって大きな事件といえる。なぜなら、S660はボディサイズこそ小さいものの、存在意義の大きなクルマだから。どう控えめに表現したとしても、S660は新車として世界で最もリーズナブルかつ気軽に手に入れられる本格スポーツカーなのだ。

S660は軽自動車だが、開発チームの頭の中には「軽だから本格的じゃなくてもいい」なんて思考は毛頭なかったに違いない。エンジンを乗員の背後に積むミッドシップレイアウトでふたり乗りのパッケージングとしたプラットフォームは、どう転んでもフツーの軽自動車には流用できない専用設計。効率が声高に叫ばれる今、なんと贅沢なことだろう。

排気量660ccの3気筒エンジンこそ、ひと世代前の「N-BOX」などと共通だが、S660はスポーツカーということで専用のターボチャージャーを装着。レスポンスアップと高回転域でのフィーリング向上を実現しつつ、同時に軽量化も施している。

また、トランスミッションはCVTと6速MTが用意されるが、後者のギヤボックスはS660専用の設計だ(後に「N-VAN」や「N-ONE」にも流用されている)。

とにかくS660は、細部に至るまで手間とコストがかかったクルマなのである。その理由はもちろん、スポーツカーらしい走りを妥協しないためだ。

それはインテリアも同様で、空間こそタイトだが(それはスポーツカーとして考えれば美点でもある)、シートは普通車と変わらない大きめのサイズで、しっかりカラダを支えてくれるバケット形状の専用設計品がおごられる。

またハンドルも、直径350mmというホンダ車で最小サイズのものをS660のためだけに製作している。

このようにS660は、そこかしこにこだわりが凝縮されていて、どこを切り取っても見てもクルマ好きにとってはたまらないものがある。

■空冷ポルシェのような乾いたエンジン音が響く

S660を端的に表現すると、ボディサイズこそ普通車の2/3ほどと小さいけれど、情熱と走りは本物のスポーツカー…となる。

実はこの小ささが、S660の走りにメリットをもたらしている。車両重量は830〜850kgと、昨今のクルマとしてはかなり軽量。スポーツカーは「パワーよりも小さくて軽いことが命」なんていわれることもあるが、まさにそれを具現しているのがS660なのだ。

実際、ボディサイズが小さいため、運転しているとクルマの四隅の位置が手に取るように分かりやすく、サッとシャープに切り込んで向きを変えるハンドリングフィールも印象的。さらに、軽さによって生み出される軽快感もあって、タイトな峠道を走る際のイキイキとした走りは、まさに水を得た魚のようである。

その上S660は、屋根を開けてのオープンドライブも楽しめる。電動昇降式のリアウインドウを開ければ、キャビン内に風が流れると同時に、「バサバサ」とした空冷ポルシェを想起させる、乾いたエンジン音が程良く耳に届くのも心地いい。

荷物が全く積めない(ラゲッジスペースにはミドルサイズのトートバック程度しか収まらない)とか、ふたりしか乗れずに実用性が低いとか、ウィークポイントを探せばいくらでも見つかる。しかしS660を気に入った人は、そんな欠点など些細なことと思うことだろう。

■ラストを飾るにふさわしい特別仕様車も設定

そんなS660は、2020年1月の改良で後期仕様へと進化している。エクステリアではフロントピラーが従来のブラックからボディ同色化され、サイドウインカーはフロントフェンダーからドアミラーへと移された。また、アルミホイールも新デザインとなっている。

上級グレードの「α」では、アルカンターラ×本革のステアリングホイールを始め、インテリアにおけるアルカンターラの使用範囲を拡大。また、オープンカーとしては待望の、シートヒーターが加わったのもトピックだ。

ちなみに、生産終了の発表に合わせて追加された特別仕様車「モデューロX バージョンZ」は、それらに加えて、特別色のソニックグレー・パールを設定するほか、インテリアの各部にカーボン調のパネルを装備。S660のラストを飾るにふさわしい仕立てとなっている。

そんなS660は、本格スポーツカーとは思えないほど手頃なプライスタグも魅力。ベーシックグレードの「β」なら、203万1700円から手に入る。プラットフォームからインテリアの各部までが、ほぼ専用設計という贅沢なスポーツカーが、この価格で買えるのは奇蹟としかいいようがない。

加えてS660は、リセールバリューが異様に高いことでも知られている。例えば、5年間の残価設定ローンを組めば、頭金やボーナス払いなしでも月々3万円ほどで乗れるのだから、もはや買わない理由など見当たらないとすら思える。

今、世界の自動車メーカーは、100年に一度といわれる大変革期を迎えている。それは、楽しいクルマを多数手掛けてきたホンダも例外ではない。S660がデビューした2015年と比べて、ホンダのクルマ作りにも“効率”が求められているほか、カーボンフリー社会の実現に向けて開発リソースを傾けるべく、同社の象徴的な挑戦であるF1からも撤退しなければならないほど現実は厳しい。

そんな状況を鑑みると、残念な話だが、今後ホンダからS660ほど作りが贅沢で、かつ買いやすい価格の本格スポーツカーが登場する見込みは薄いと見る。次はもうないのだ。クルマ好きにとってS660は、今、買っておかないときっと後悔するクルマになる!

<SPECIFICATIONS>
☆α(6MT)
ボディサイズ:L3395×W1475×H1180mm
車重:830kg
駆動方式:MR
エンジン:658cc 直列3気筒 DOHC ターボ
トランスミッション:6速MT
最高出力:64馬力/6000回転
最大トルク:10.6kgf-m/2600回転
価格:232万1000円〜

>>ホンダ「S660」

文/工藤貴宏

工藤貴宏|自動車専門誌の編集部員として活動後、フリーランスの自動車ライターとして独立。使い勝手やバイヤーズガイドを軸とする新車の紹介・解説を得意とし、『&GP』を始め、幅広いWebメディアや雑誌に寄稿している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

 

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