いつの時代も世界の経済を牽引する自動車業界。それだけに、世界にはさまざまな自動車賞が存在しています。そんな中、2021年春、ふたりの日本人が世界的な自動車賞において名誉ある“今年の顔”に選ばれました。
なぜ今、日本人の業界関係者が高く評価されたのでしょうか? その理由をモータージャーナリストの岡崎五朗さんが解き明かします。
■「ホンダe」も部門賞に輝いたWCAってどんな賞?
WCAシティカー部門賞を受賞したホンダe
世界にはたくさんの自動車賞がある。日本だけでも、日本カー・オブ・ザ・イヤー(COTY)、日本自動車研究者ジャーナリスト会議(RJC)、日本自動車殿堂があり、メディア単独での賞典を含めればかなりの数になる。世界規模で考えれば、まさに無数といっていい。
それだけ多いとなると重要なのは権威だ。権威という言葉が少々鼻につくとするなら、信頼性といい換えてもいいだろう。日本ではCOTYが最も歴史が古く、かつ権威がある賞とされている。選考委員は実際に日頃から新車に試乗し、メディアでレポートを書いたりしゃべったりしている現役組がほとんどで、他の賞にありがちな、ロクに試乗もしないで投票してしまうようなことは基本的にない。だからこそ自動車メーカーは、COTYでカー・オブ・ザ・イヤーに選ばれることが一番の名誉だと考えている。「今どき、カー・オブ・ザ・イヤーなんて」と思っている方も少なくないだろうが、受賞したエンジニアやインポーターの社長が、涙を流して喜ぶような賞はクルマ関係ではCOTYだけだ。ちなみに、芸能関係の賞と違って、相手は腕利きのエンジニアやビジネスマンたちである。演技で上手に泣けるような人たちとは思えない。
さて、本題に移ろう。基本的には国や地域ごとに行われているカー・オブ・ザ・イヤーだが、それを世界規模でやろうということで2004年に立ち上がったのがWCA(ワールド・カー・アワード)だ。選考委員は世界28カ国、93人のモータージャーナリスト。国別でいくとアルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、ブラジル、カナダ、チリ、中国、コロンビア、イギリス、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、インド、アイルランド、イタリア、日本、ヨルダン、韓国、メキシコ、ポーランド、ポルトガル、ロシア、スロベニア、南アフリカ、スペイン、アラブ首長国連邦、アメリカのジャーナリストたちだ。各国で開催される賞はどうしても自国のクルマが優先されがちだが(日本のCOTYで輸入車がトップになったのは長い歴史の中で過去3回のみ)、多くの国から参加した選考委員が選ぶことで、より俯瞰した結果が期待できる。
そんな中、2021年のWCAが決定した。結果は、カー・オブ・ザ・イヤーがフォルクスワーゲンのEV(電気自動車)である「ID.4」。高級車部門はメルセデス・ベンツ「Sクラス」、高性能車部門はポルシェ「911ターボ」、シティカー部門は「ホンダe」、デザイン部門はランドローバー「ディフェンダー」が受賞した。
(写真左上から時計回りに)フォルクスワーゲン「ID.4」、メルセデス・ベンツ「Sクラス」、ランドローバー「ディフェンダー」、ポルシェ「911ターボ」
ちなみにWCAでは、選考委員は自身が乗っていないクルマには投票してはいけないルールになっている。そのため毎年1月に、米・ロサンゼルスで世界中から選考委員を集めて試乗会を開催しているのだが、今回はコロナ渦で試乗会は中止。そのため、僕を含む日本の選考委員は日本未発売のID.4や、上陸前のSクラス、911ターボには投票できなかった。それでも多くの得点を稼いだのだから、各モデルともさぞかしいいクルマなのだろう。日本で乗るのが楽しみだ。
■コロナ禍でも雇用を守った豊田章男社長が受賞
そんなWCAでは、上記のクルマを対象とした各賞に加え、2018年に“世界の自動車産業に多大な貢献をした個人を評価し、称えるため”に、ワールド・カー・パーソン・オブ・ザ・イヤーを創設。4回目に当たる2021年、見事トップに輝いたのは、トヨタ自動車の豊田章男社長だった。日本人としては、過去、マツダのデザイン責任者である前田育男さんがトップ5にノミネートされたことがあるが、トップ受賞したのは豊田社長が初めて。その受賞理由について、WCA実行委員会は4月8日付のリリースで以下のように述べている。
ーーWCAの選考委員である93人の著名な国際ジャーナリストが、トヨタ自動車株式会社の社長兼CEOである豊田章男氏を2021年ワールド・カー・パーソン・オブ・ザ・イヤーに選出しました。豊田氏は、トヨタ自動車株式会社のカリスマ的な社長兼CEOであり、何年も掛けて会社の改革を成功させてきました。2020年、彼のリーダーシップの下、トヨタはコロナ禍にもかかわらず黒字を維持し、その結果、世界中の雇用を守りました。また、CASE(Connected=コネクテッド、Autonomous=自動運転、Shared & Services=シェアリングとサービス、Electric=電動化)時代に向け着実な開発ペースを維持し、未来のエキサイティングな実験都市であるウーヴンシティの建設にも着手しました。その一方で、自らもドライバーとしてモータースポーツに積極的に参加していますーー
これに対し、豊田社長はこんなコメントを発表した。ちょっと長いが全文を紹介しよう。
ーーこの素晴らしい賞を受賞できたこと、グローバル36万人のチームトヨタを代表して心より感謝申し上げます。今のトヨタがあるのは、世界中のすべてのトヨタの従業員、販売店、サプライヤーの総力を結集したものです。ですので、この名誉ある賞、カー・“パーソン”・オブ・ザ・イヤーを勝手ながら、私はカー・“ピープル”・オブ・ザ・イヤーとして受け取らせていただきたいと思います。こんなにも幸せなことはありません。チームトヨタへ改めて感謝の言葉を伝えたいと思います。みんなありがとう。そして、自動車業界に携わるすべての方の貢献に感謝の意を表したいと思います。コロナ危機の中でも、世界中の仲間と働き続けることができたこと、そして、CASE革命による自動車大変革の時代に、ウーヴンシティを始めとした未来へとつながるチャレンジを続けられていることを大変うれしく思います。
トヨタの使命は「すべての人に移動の自由」を提供すること…。それは、世界中の人々のため、地球のため、未来のため、自分以外の誰かのために、「幸せを量産する」ことでもあります。人類がさまざまな危機に直面している今、“ヒト”こそが最も重要であることを改めて認識しました。世界中のすべての“ヒト”のために「幸せを量産する」べく、私たちトヨタは最大限の努力を続けてまいります。それこそが私どもの使命です。改めまして、この名誉ある賞を受賞できたこと、心より感謝申し上げます。また、日頃より支えていただいているクルマ好きの皆さま、またレースやラリーの現場でお会いできる日を楽しみにしています!ーー
最後の部分が、いかにもクルマ好き、レース好きの豊田社長らしい。それだけでなく、11年前の社長就任時にはリーマンショックの影響で赤字だった経営を見事に立て直し、「もっといいクルマ」の掛け声を社内に浸透させ、商品価値を大幅に高めた経営手腕が評価の対象になったのはいうまでもない。日本のメディアの多くは「トヨタはハイブリッドにかまけてEVシフトに遅れをとった」などと批判しているが、世界はちゃんと見てみるということだ。
■マツダ「MX-30」の開発責任者もトップ5に選出
なお、2021年のWCAワールド・カー・パーソン・オブ・ザ・イヤーのトップ5には、タタ・モーターズ グローバルデザイン担当副社長のプラタープ・ボーズ氏、現代自動車グループのチョン・ウィソン会長、同じく現代自動車グループでチーフ・クリエイティブ・オフィサーを務めていたルク・ドンカーヴォルケ氏といった、そうそうたるメンバーと肩を並べ、マツダ「MX-30」の開発責任者を務めた竹内都美子さんもノミネートされた。
WCAは竹内さんについて、以下のように紹介している。
ーーテストドライバー出身のエンジニアであり、依然として男性社会である自動車開発において強いリーダーシップを発揮し、魅力的なモデルを世に送り出したーー
自動車業界がまだまだ男性社会であるというのは世界的に見てもその通りで、中でも女性の開発責任者は数えるほどしかいない。そんな中、走りの領域を含めクルマの本質を深く理解した女性エンジニアとして、竹内さんが高く評価されたのは日本人としてとてもうれしいことだ。
CASEやMaaS(Mobility as a Service=サービスとしての移動)など、100年に1度の大転換期を迎えているクルマ業界。もちろんテクノロジーも大切だが、クルマが人を乗せて走るプロダクトである以上、その魅力を最終的に決定づけるのは人だ。そういう意味で、トップ5に日本人が2名選ばれたことは、日本の自動車業界にとってとても大きなことだし、世界が日本メーカーに大きな期待を抱いていることの表れでもあるのだ。
文/岡崎五朗
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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