自律航行船で目指す、離島課題の解決とその先にある「海の自由」

「海に囲まれた離島での生活」と聞くと、あなたはどのようなイメージを持ちますか。

「自然に囲まれて、ゆっくりと時間が流れている」「解放感があってのんびりと暮らしている」そんな、ストレスフリーな暮らしを想像されるのではないでしょうか。

このようなイメージとは打って変わって、離島生活の現状はとても深刻です。その難問とも言える問題に熱い思いを抱え取り組むエイトノットは、「あらゆる水上モビリティをロボティクスとAIで自律化する」ことをテーマに2021年設立されたスタートアップ企業。

マリンレジャーに親しみ、自身もロボティクスの開発に携わった経験を持つエイトノット代表の木村裕人氏にお話しを伺ってきました。

「海は広いが、自由がない」本土との境界線になっている海の存在

ーー現在、エイトノットは離島の問題を解決すべく、広島県で実証実験を行っていますよね。なぜ、離島の問題を解決しようと思ったのですか?

実証実験艇

木村:我々が今、離島の生活航路を支えるという取り組みをしているのはーー人によって考え方が違うので難しいところではあるんですけれどーー日本国憲法の中で居住の自由というのが日本国民には認められていて、自分が住みたいところに住めるというのは大事にしていかなければいけない権利だと思うんです。

離島では今、「思い入れがある土地で暮らしたい」とか、「生まれ育った場所で最後まで過ごしたい」という高齢者にとってどんどん利便性が下がり、生活がしにくくなっているんです。「島には跡継ぎもいないし、フェリーの便数が減っていくのも受け入れていくしかない」「不便になったとしても、やっぱり生まれ育った場所にいたい」という声が、現地に行って直接ヒアリングをしていると出てくるんですよね。

このままだと、そこでの生活をあきらめざるを得ない状況がきてしまうんではないかと危惧していて。「それって本当にいいんだっけ?」と考えてしまうんです。

これからさらに少子高齢化や地方の過疎化が進んでいくと、インフラの維持が難しくなってきます。特に離島の船に関しては、約300ある離島航路のうち、3分の1以上が赤字で先行きが不透明な状況です。

我々は離島で暮らしている方々が、他の場所に自由に行き来できる生活航路を確保するのは絶対に必要だなと思っていて。

ただその一方で、事業として会社を維持・成長させるためには、生活航路を支えるということだけでは難しいので、優れた技術を作り、観光やレジャーにも展開させ、あらゆる方面で自律航行の技術を活用していきたいと考えています。

ーーなるほど。自律航行の技術を活用すると、離島の問題を解決するだけでなく、観光やレジャーにも展開させられるのですか。

木村:そうですね。私はマリンレジャーが好きで、ダイビングやSUP、またはボートをレンタルして海に出るんですけれど、「海は広いけれど自由がない」と感じています。

船に関してお話しすると、例えば、車だと多くの場所にコインパーキングがあって、初めて行く場所でも「パーキングがあるから大丈夫でしょ」といった感じで手軽に行けると思うんです。けれど船の場合は係留できる場所が本当に少なくて、行ける先に関しても自由度が低いんです。

海に出ると360度海に囲まれて、すごく広々と感じられるんですけれど、その先の楽しみ方というのは、まだまだ発展の余地があるんじゃないかなと考えています。

日本はまれにみる道路、陸路が発達した国で、その陸路が発展するのと反比例して人の気持ちや関心が海から離れてしまった気がしていて。

テクノロジーを使って水上に出ることを、より多くの人にとって手軽なものにしていきたい。そのために必要なものが、自立航行技術を開発して社会実装していくことだと思っています。

大崎上島全体から応援されている、自律航行船への取り組み

木村:自律航行の基礎的なところは完了し精度高めていくという段階なので、技術の面での実証実験というよりは、離島で抱えている課題に対してちゃんと解決できる可能性があるのかというところを実証しようと考えています。

実証実験は、広島県の大崎上島で行っているんですが。大崎上島のその先に生野島という離島があり、そこに高齢の方が十数人お住まいになっています。

ーー今回の実証実験ではどのようなことをされるのですか。
生野島には商店がないので、ご高齢の方がご自身で車を運転しカーフェリーに車を乗せて大崎上島のスーパーで買い物をして帰るようで。それだけでも大きな負担になっているのに、フェリーが1日7便しかないのでゆっくりと買い物をしたことがないとおっしゃるんですよ。1便逃すと次は3時間4時間後になってしまうこともあるので。

そういった負担をオンデマンドで食料品日用品を配送することによって、どんなポジティブな影響をもたらすことができるか、さらにビジネスとして行っていく場合、その配送料としてどのくらいの金額だったら継続的にご利用いただけるのかなど、そういったことを検証していきます。

ーー買い物のたびに、カーフェリーに車を乗せて大崎上島のスーパーまで行くんですか! それはかなり不便ですね。

木村:買い物もですが家庭ゴミに関しても大変で……。日用品を配送して空になったボートに、今度はゴミを乗せて搬出をしようと考えているんですよ。

不燃に関しては月に1回業者さんが島のゴミを回収するんですけど、可燃に関しては島民の代表の方が軽トラに島のゴミを集めてご自身で大崎上島の処理センターに持っていっているんですよ! 「それって大変ですよね」と聞いてみたんですけど「まあ仕方ないよね、やらないと」という感じで。

こういうのは、現地に行ってみないと知り得なかったことなので、島民の方に直接お話しを聞くことが課題発見にはベストな方法だと改めて感じました。

ーー離島生活のゆったり穏やかなイメージが覆されました。島民の方のお話しを聞くと、さらに自律航行船の必要性を感じてきますね。

木村:そうですね。「こういう取り組みをします」って言っていると、同じようにゴミの問題で悩まれているという方が他にもいらっしゃったんですよ。その方から「見積依頼」というご連絡をいただいたんです。「まだ見積もりという状況ではなく……」とお話しさせていただいたんですけど、同じ問題を抱えている場所があるというのが伝わってきましたね。

ーー心待ちにされている方がほかにもいそうですね! このエイトノットの取り組みにはたくさんの方々が関わっていると思うのですが、どのような方々がいらっしゃるのですか。

広島商船高専桟橋

木村:この事業は広島県が中心となって行っている「D-EGGS PROJECT」というアクセラレーションプログラムなので、大崎上島の役場のみなさん、地元の方々から広がり、海に入るので漁協さんや大崎上島の周りでフェリーを運行されている会社もそうですし、海上保安庁や消防・警察には「こういう取り組みをしています」というのをお伝えして連携させていただいています。その中でも実務ベースでバックアップしてもらっているのが広島商船高専という学校になりますね。

広島商船高専は主に船乗りを育成する学校なんですが、テクノロジーや自律化という分野には興味を持ちやりたいと思っていたようで。ただ、学校だけではそれをすることが難しく、弊社と自律航行船に関する共同研究契約というのを結ばせていただきました。夏休みの期間中も5名の学生が張り付いてくれたんですよ!

ーーすごいですね。島民の方々と公官庁、学校までも! 協力してプロジェクトを進めていけるのは心強いですね。

木村:本当にありがたくて。広島県さんからも「エイトノットの取り組みは、大崎上島全体から応援してもらっているっていう感じがしますよね」というお言葉をいただきました。

島民の方々が潜在的に課題として感じられていたこと、島の将来に対しての不安要素に水上交通があるということ。これに対して我々がちゃんと向き合って解決をしようと思っていることを感じ取っていただけ、「大変だと思うけど頑張ってね」「絶対やる意味はあると思うから続けて欲しい」という熱い言葉をいただいていたりもしているので、我々としても熱い思いでちゃんと社会実装まで持ち込まないといけないと感じています。

ーーたくさんの方々に応援していただけるということは、それだけ必要とされている技術ということですね。実証実験艇はすでに無人で運転しているんですか。

木村:今はまだ船に人を乗せずに走らせることは法律上できないので、小型船舶の免許を持った人が必ず乗船しています。船自体はコンピューターで制御して自律的には動くのですが、何かトラブルがあったときにはすぐに手動に切り替える体制をとっています。

ーーなるほど。法律の問題も出てくるんですね。これは手強い。

木村:そうですね。まだ誰も成し遂げたことがないことを我々はやろうとしているので、法律がないんですよ(笑)。

けれど先日、国交省の方ともお話しさせていただいて、「実証実験の経過や実績などを共有してくれれば小型船舶に対する自立航行の法整備にも大いに役立つ」というふうにおっしゃっていただいたので、参考になるような情報を提供していこうと考えています。

そして、実際にニーズがあると示していくことで、世の中のトレンドを大きく動かしていけたらと思っています。

移動の選択肢を増やし、「海の楽しさ」を届ける

ーー今、実証実験をして、「2023年には水上移動。生活インフラとなっている離島地域で一部のサービス開始」と公表されていたのですが。2023年に一部のサービス開始となるとともてスピード感がありますが、2023年にはその一部のサービスは開始できそうですか。

木村:そうですね。今後は人の命をお預かりするサービスになるので、まずは物を運ぶところからスタートし安全技術を高め、そして、2025年には旅客サービス展開を目指します。

サービス開始にあたり、どなたに対してソリューション提供するのかという顧客面、技術面、法律面の3つ要素があると考えていて。

顧客に関しては、2022年中にはしっかりと見定めていきたいというのが現状です。

技術面に関してですが、我々の会社自体はまだ創業して半年ですが、自律航行の基礎的なところは完了し精度高めていくという段階なので、2023年後半で物を運ぶことは達成できると見込んでいます。

法の整備については、国交省さんや自治体の方々には直接働きかけはしていきますが、すぐに整うという感じではないでしょうね。なので我々としてみれば不確定要素ではあるんですけど、チャンスだとも感じています。

ーーなるほど。2025年に社会実装を実現とされていますが、ここで言う社会実装というのは人を運ぶ以外に具体的にどのようなことをイメージされていますか

木村:サービスの形態としては、まず人を運ぶことですよね。ただ、単純に人を運んだからそれで社会実装かって言われるとそうではないと思っていて。モビリティのサービス化において、船も仲間に入れてもらいたいなと思っています(笑)。

2025年の大阪万博にはとても期待をしていて。開催される場所が夢洲という埋立地なので、船着き場を我々が利用できるようになれば、観光用途としてお客様に体験していただけることができるんじゃないかなとイメージしています。

ーー以前に木村さんは、「スマホでタクシーを呼ぶようなイメージで船を呼んで」とお話しされていたのを伺いましたが、スマホでタクシーを呼ぶようなイメージで船を呼んで自由に乗れるようになったら、私たちの生活はどのような変化があるとお考えですか。
木村:オンデマンド型の水上交通というものが生活に組み込まれると、単純に移動に対しての選択肢が増えると思うんですよね。海に揺られながら移動ができるという水上移動の良いところを感じられ、もっと心にゆとりを持って生活できるんじゃないかというふうにイメージしています。

例えば、通勤するときにいつもより10分早く家を出て、川を船でくだり花見をしながら通勤してみようとか。そういった選択肢ができると、水上移動が生活に溶け込んでくると思うんです。そうなってくると今度は休日に、「じゃあちょっと船に乗ってみようか」「船でどっか行ってみようか」っていうところに人の意識が向いて、人と海との心理的距離っているのがどんどん縮まっていくと思うんですね。

そのためにまずは離島の問題をクリアし、さらに自律航行船の技術を展開していくことで、たくさんの方々に「海の楽しさ」を届けられるよう頑張っていきたいと思います。

(インタビュー・安室和代)


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