鼻の個体情報「鼻紋」が迷子犬を救う 人とペットが暮らしやすい世の中をめざすS‘more

もし、大切なペットが行方不明になってしまったら——。ペットを飼っている人なら、誰でも不安に感じることかもしれません。指紋ならぬ「鼻紋」を使ってそんな不安を解消するのが、株式会社S‘moreが開発する「NoseIDアプリ」です。

同社の共同創業者で代表取締役 COOの澤嶋さつき氏に、そのしくみやNoseIDアプリでできること、実現したい社会などをうかがいました。

指紋のような「鼻紋」で犬の個体を識別

——まずはNoseIDアプリのしくみについて教えてください。

澤嶋:犬の鼻には、人間の指紋のような「鼻紋(びもん)」という溝があり、成長しても形が変わらないため個体識別に使うことが可能です。

NoseIDアプリは、鼻紋と一緒に犬の名前や犬種、飼い主の連絡先、持病や普段飲んでいる薬といった情報を登録しておくことで、迷子になった場合などでも保護した人が鼻をスキャンするだけですぐに情報を確認できるものです。

——鼻紋の登録はどのようにおこなうのでしょうか?

澤嶋:鼻の動画を5秒間撮影します。そのなかからAIが鼻紋をきちんと認識できた画像を抽出します。5月にβ版のアプリをリリースしてから、約6000頭の登録をいただいていますが、今後は登録数をさらに増やしたいと思っています。

登録されている鼻の数が増えるほどAIの精度が向上して、より素早いスキャンが可能になるので、まずは1万頭の登録が目標ですね。


——かなりユニークなアプリですが、開発の経緯についてお聞かせください。

澤嶋:当社の共同創業者である韓の実体験からスタートしています。

ある日、飼い犬と一緒に自宅で寝ているときに突然火災報知器が鳴りました。慌てて犬を抱いて外に飛び出したのですが、とっさのことなのでリードを付けておらず、犬も驚いてパニックになっているので、いつ自分の手を飛び出してしまうかわからないと恐怖を覚えたそうです。

当時、すでにマイクロチップは装着していたのですが、その犬は心臓病があり、毎日薬を飲ませる必要があったんです。保護してくれた方が病気や投薬などの情報を確認できる手段があれば、迷子になっても戻ってくるまでの間も適切な処置をしてもらうことができるのではないかと考えたことがきっかけで開発がスタートしました。

韓 慶燕氏

どこでも・誰でも情報を確認できるのが強み

——すると、おもに迷子の保護のために使うイメージでしょうか?

澤嶋:将来的にはさまざまな用途での活用を考えていますが、まずは迷子対策ですね。

今、年間約3万頭の犬が迷子になると言われています。簡単に戻れそうなイメージがあるかもしれませんが、実は飼い主の元に戻れないケースは少なくないのです。

その要因として大きいのが、迷子犬が保護される施設の多さです。飼い主は近隣の愛護センターや警察署などの施設に連絡を入れて確認すると思いますが、場合によってはかなり遠くまで移動しているケースもあり、連絡が漏れてしまうこともあります。そして、それらの施設同士での情報共有はされていないため、飼い主がその施設に直接連絡をしなければ、保護されていることもわかりません。

まずはそういった迷子犬の保護先になりうる施設側が情報を得るための手段として活用してほしいと考え、福岡市の行政と連携した取り組みを進めているところです。どこでも・誰でも鼻をスキャンすれば必要な情報を得ることができるので、広く普及すれば迷子という概念自体がなくなるだろうと考えています。


——迷子対策以外にも活用できるのでしょうか?

澤嶋:セーフティーネットとしての使い方では、災害時の情報共有も想定しています。

ペット同伴で避難できる施設は非常に少ないので、避難のために他の人にペットを預けざるを得ない状況も発生します。そのような場合も、預かった人が鼻をスキャンすれば詳細な情報を知ることができ、健康面のケアなどを適切におこなえます。

さらにその先には、日常的に使える機能を充実させていくことを考えています。たとえば、ドッグランやペットサロンに行くときには、狂犬病ワクチンなどの接種証明書の提示が必要ですが、現状は飼い主が紙で持ち歩いて提示しているケースがほとんどです。

接種証明書をNoseIDアプリに登録し、鼻をスキャンするだけで確認できるようになれば、そういった飼い主の負担も減らすことができます。さらに、健康診断の結果や病院やサロンでの施術情報も登録できるようにしたりと、あらゆる情報を鼻にひもづけていくことをめざしています。


——接種証明は便利そうですね。そのほかにも日常で使える機能の搭載は予定されていますか?

澤嶋:最近のアップデートで新たに搭載したものに、名刺交換の機能があります。もともと、飼い主さん同士がコミュニティ内で犬の名前や情報を入れた名刺を作って渡す文化があるのですが、それをアプリ上で簡単にできるようにするイメージですね。

日常的に使える機能を増やすことは、アプリに登録する情報を小まめに更新することにもつながると思うので、飼い主の方に喜んでもらえるような機能をユーザーさんと意見交換しながら開発しています。

マイクロチップとは役割が異なる

——最近、新たに販売される犬猫のマイクロチップ装着が義務化されましたが、NoseIDとマイクロチップの違いを教えてください。

澤嶋:マイクロチップとNoseIDは役割が全然違うものだと考えています。

マイクロチップは基本的な個体識別情報をデーターベースに登録するものですが、読み取りには専用のリーダーが必要になります。リーダーが用意されているのは比較的規模の大きな施設に限られるため、保護された先にリーダーがなくて情報を確認できない可能性もあります。また、登録されている情報も犬種や名前、生年月日、住所などの基本的な情報のみとなります。

マイクロチップは個体を証明したり、遺棄を防いだりする目的で重要な意味を持ちますが、その特徴を考えると迷子のペットを守るための最後の砦のような位置づけになると思います。

一方でNoseIDは、もっと手前の段階で情報を共有し、飼い主やペットに関わる人同士で助け合っていく用途を想定しています。病歴やアレルギー、性格など本当にいろいろな情報を入れることができるので、それを共有してサポートしあう温かい世界を築いていきたいと思っています。

飼い主とペットが生きやすい世の中をめざす

——そのほかに、今後NoseIDのサービスで実現したいことなどはありますでしょうか?

澤嶋:今の日本の社会は人とペットの間に距離があり、ペット連れで出かけられる場所も少ないのが実情です。一方で、ペットを自分の子どものように思う人は増えていて、ペットを家で留守番させるのはかわいそうだからと、どこにも出かけない、旅行にも行かないという飼い主の方もいらっしゃいます。でも、これは健全な状態ではないですよね。

NoseIDを通してそういった壁をなくし、ペットを飼っている人が普通に暮らせる社会を作っていくことが私たちの目標です。そのために、鼻をスキャンするだけで、すべてのデータを管理でき、マナーのよさが確認できて、さまざまなサービスの利用にも使える「鼻パス」の実現をめざしています。

たとえば、アプリにペットと飼い主のマナーをチェックできるような機能を設けて、一定の基準をクリアすると行ける施設が増えるといった環境を、店舗や施設と協力しながら作っていけたらいいなと思っています。

「鼻パス」があれば、犬と一緒に電車や飛行機に乗るのも、ホテルやカフェに行くのも、鼻をスキャンするだけでいい。これが実現すると思うとわくわくしませんか?

——いいですね。そのためには、より多くのペットが登録がされている必要がありますよね?

澤嶋:NoseIDは日本全国、全ペットの登録をめざしています。現在、日本にはペットのリアルデータが存在しないため、行政も民間も、ペットがどこにどれだけいるのか、飼い主が何に困っているのかを把握することができません。

NoseIDを通じてペットのリアルデータが集まることで、ペットや飼い主の状況を把握することができます。そのデータから課題を抽出すれば、ペットを飼っている人の不便を解消するサービスを提供できるようになるはずです。

NoseIDは飼い主とペットが普通に暮らせる社会をつくることをミッションとしています。それが実現すれば、日本のペット文化は変わっていくと考えています。

(文・酒井麻里子)


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