アスリートのなかには、スポーツだけに打ち込んできた経験から「ほかの仕事はできないのでは」と悩む人もいるといいます。
株式会社マイナビ「アスリートキャリア」事業部の木村雅人氏によると、スポーツで養われた能力に注目して、アスリートを採用する企業は少なくないとのこと。
アスリートのデュアルキャリア、セカンドキャリアを支援する木村氏に、アスリートが抱えるキャリア課題や、アスリート向けキャリアサービス業界の今後について取材しました。
競技引退後のサポートがない
——マイナビアスリートキャリアはどんなサービスなのでしょうか。
木村:体育会学生の就活支援や引退したアスリートに対する職業斡旋のほか、仕事の経験を積みながらスポーツに打ち込むといった働き方や生き方をサポートするサービスを提供しています。
スポーツができる年齢や期間はおおよそ決まっています。スポーツを終えた後の人生を見据えて準備を進められるようにと、スポーツとキャリアを同時に追いかけていきたいデュアルキャリアを目指す方とすでに引退したセカンドキャリアの方両方に対応しているのがマイナビアスリートキャリアです。
——どのような人たちにサービス提供しているのでしょうか。
木村:大学生含めて、20代後半ぐらいまでのアスリートです。大学生の多くは運動部に所属している学生です。なかには世界的な大会を目指していたり、インカレに出場したりするレベルの競技力で「大学卒業後も仕事しながらスポーツも続けたい」という願望のある人もいます。大学生以外だと、プロやオリンピックを目指している人や、全国大会に出場するレベルの人が多いですね。
仕事よりスポーツに集中してきた人がほとんどで、とくに「スポーツを続けることを認めてくれる企業を探したい」という人に多く利用していただいています。
——事業を立ち上げた背景や、マイナビ社内での位置づけを教えてください。
木村:日本では、部活に入るのが絶対的なルールになっている中学校がいまだにありますよね。部活への参加を強制する一方で、引退した後のサポートはしない。その価値観を変えていかないと、スポーツがもたらすポジティブな影響が広まらないと思っています。
そこで、スポーツにまつわる社会問題と、経済的な活動を両立させる事業を作ろうという、今の状態にたどり着きました。
社内では、スポーツにまつわる社会問題を解決することと、アスリートを育てて就労させることを両立させる事業部門として位置づけられています。
狭い世界で完結しがちの情報収集
——アスリートはどのようなキャリア課題を抱えているのでしょうか。
木村:「自分がやってきたスポーツ以外の仕事ができるのか」「就職先があるのか、ないのか」など、“自分が持ってる能力が活かせるのか”といった点が課題だと思っています。
スポーツ経験のなかで培った能力を自覚していない人や、培った能力をスポーツ以外で活用できることに気付いていない人が多いですね。
——アスリートが自分では気づいていないけれど、仕事を探すときにアピールポイントになるような能力はありますか。
木村:やはり「結果をどういうものにしたいのか」と目標設定をして 「目標を達成するために、どんなプロセスを経たらいいのか」と計画し、実行する能力はどの仕事にも通用するのではないでしょうか。
もちろん、医師や看護師、薬剤師などの専門職は仕事に就いてから、あるいは勉強してなし得る職業だと思うので、その場合は勉強しなければなりません。とはいえ、下地になっているものは、どの職業の人も能力的には一緒だと思います。
ただ、専門的なスキルがなく、スポーツしかやってなかったことが原因で「スポーツ以外の仕事ができないのでは」と悩む人は、やはり多いようですね。その誤解を解いて、背中を押してあげなきゃいけないと感じています。
——アスリートはキャリアに関する情報をどのように収集しているのでしょうか。
木村:基本的には、身近な人たちから話を聞くことが多いようです。スポーツの生活が中心になっていると、ほかのコミュニティとの接点がありません。
今はインターネットで情報を収集できるはずですが、たくさんの情報から取捨選択をすることが難しいので、狭い世界で完結しがちですね。
——現場のスポーツ関係者の問題意識についてはどう考えていますか。
木村:人によって認識が違うのですが、挙げるならコーチや監督が雇い主に求められている成果に応じて、選手に対して話すことが変わるという点でしょうか。
勝利を求められて雇用契約をしているコーチや監督はとにかく勝利を求めるので、勝利以外のことについて関心がない状態になることがあります。
そのため「練習はこうしよう、試合ではこうしよう」と、スポーツに関する話が中心になってしまうのです。
「引退した後、どういう風にしていこうか」「今のスポーツを通じて、引退後にも活かせるようなことを取り入れていこうか」と考える人が少ないのが現状です。
アスリート向けキャリアサービス業界の現状
——他社も含めて日本のアスリート向けキャリアサービス業界はどんな状況でしょうか。
木村:今まさに「スポーツで人が育つのか」「スポーツをやってきた人たちに、どういうキャリアを踏んでもらうのか」という点を真剣に考える気運が大きくなってきてる状況です。
近年は、JOC(日本オリンピック委員会)やJSC(日本スポーツ振興センター)などの機関が、オリンピアンを対象にして講座を行っています。
しかし、基本的には「アスリートとしてスポーツに取り組んで競技技術を磨くこと」を前提に、プラスアルファとしてキャリアに関する講座を行う形になってます。我々は「それは逆ではないだろうか」という発想で、今の事業を展開することになりました。
——最近は、アスリート向けのキャリアサービスを提供している人材紹介会社が増えているようですが、御社のサービスと体育会出身者向けサービスの違いは何でしょうか?
木村:最近は、アスリート向けにExcelの使い方や営業の仕方など「仕事のハウツー」を提供する人材紹介会社が増えていますね。
我々も仕事のハウツーを提供しないわけではありません。ただ、もう少し根底にあるもの、たとえば社会人基礎力のような「基礎力」をしっかりと底上げしていくことを重視しています。
選手が“主体”となって、能力を認知して開発するプログラムが少ない現状のなかで、「もっとキャリアを根本から考えるべきだ」という問題意識を持ちながらサービスを展開しています。
——体育会を対象とした就活は、前からあったのでしょうか。
木村:体育会学生向けに新卒の就職情報を提供するサービスや、体育会の学生を企業に紹介するサービスは昔からあります。
ただ、これまでの体育会向けサービスでは「アスリートとしてどうやってデュアルキャリアを続けていくのか」という点は、あまり考えられてきませんでした。
本来は、スポーツのなかで育まれた能力とあわせて、希望の業界や職種など「キャリアを積んでいけそうな可能性」を含めて話を進める必要があります。しかし、紹介事業として特徴が強い「体育会所属の学生」というラベルを求職者に貼り、スポーツ経験で培われた能力や競技成績以外のキャリアをほとんど考慮せずに、企業へ送り出すサービスが多かったと思います。
——マイナビアスリートキャリアが既存の人材事業と比較して、多くの人的コストがかかっている理由を教えてください。
木村:やはり「その人がどんな課題を抱えているのか」「どんな希望を持っているのか」を求職者1人ひとりと丁寧かつ何度も対話を繰り返し、対策を講じながら就職先を探している状態なので、非常に人的コストがかかってると思います。
あとは、紹介先に「アスリートがスポーツで培った能力を活かせる可能性があるから、推薦したい」という話をするといった、条件面重視の人材紹介サービスとは違った個人にカスタマイズしたアプローチをするため、工数も増えています。
それを承知で行っているのは、幼少期から時間をかけて取り組んできたスポーツ経験で開発された能力を、競技でも競技活動終了後にも社会でイキイキと活かし活躍できるように構造や価値観を整えることで、日本社会やスポーツ界にとって、スポーツする大きな意義をもたらす事業だと考えているためです。
企業がアスリートを採用する理由
——企業側としてはアスリートや元アスリートを採用すると、どんなインセンティブがあるのでしょうか。
木村:元アスリートの場合、これまでスポーツで身につけた能力を、仕事で活かしてくれる可能性があります。そのため「未経験だけれども採用をしたい」と希望する企業は少なくありません。
一方、現役アスリートの場合は、今後もスポーツを続けるので、仕事に100%注力できるわけではありません。ただ、部分的に注力することは可能です。
たとえば、働きながら2~3年後の大会を目指すとしても、大会が終われば、引退してすぐに仕事へシフトできる見込みがあります。一定期間を超えれば、仕事に集中してくれる人材を確保できるのは、企業側としてもメリットと言えるでしょう。
もちろん、自社の選手の活躍を通じて、自社のエンゲージメントを高めるといった「スポーツによる宣伝効果」を期待している企業はゼロではありません。
ただ、日本選手権でベスト8レベルの場合、対外的に大きな広告効果が期待できないので「人材として先々まで自社で活躍してほしい」という気持ちで求人を出す企業が多いですね。
——企業側から「アスリートがいい」と指定するよりも、マイナビアスリートキャリアのほうから積極的に「こういう人もいますよ」と提案している形でしょうか。
木村:両方あります。こちらからアプローチしているケースもありますし、逆にアスリート=宣伝広告ではなくて「スポーツを通じて育まれたものを自社で発揮してもらいたい」と、能力的なところを買っていただいて求人が発生するケースもあります。
アスリートの能力を評価してくださる企業のなかには、代表がスポーツ経験者の企業や、元アスリートがすでに活躍している企業も少なくありません。
——すでにミッドキャリアの人がたくさんいるなかで、未経験のアスリートを選ぶ企業がいるということですね。
木村:もちろん、企業側はアスリートの採用だけを実施しているわけではありません。一般の新卒採用や中途採用と同じように、1つの枠としてアスリートを採用しているのだと思います。
——具体的にどんな業種・職種とマッチしやすいのでしょうか。
木村:多いのは営業系、小売業や工場の施設管理系、建築領域の管理者のような仕事ですね。ただ、「活動的だから・力仕事だから」という理由より「将来にわたってこの会社で活躍をしてくれそうだな」という理由でオーダーを出してくださる企業が多くなっています。
デュアルキャリアの可能性
——セカンドキャリアの人よりも、デュアルキャリアの人のほうが紹介先の企業に採用されにくいと思えるのですが、いかがでしょうか。
木村:引退することが確定してるという観点では、現役アスリートよりも元アスリートのほうが雇用しやすいでしょう。
ただ、35歳の元アスリートは、25歳と比べると10年ほど差があるので、若い人材を求める企業からは採用されない可能性があります。
一方、成長の可能性が高そうな20代半ばのアスリートを採用したほうがいいと考える企業は少なくありません。年齢という観点では、デュアルキャリアのほうが有利な気がします。
——デュアルキャリアを受け入れる企業を、どのように探しているのでしょうか。
木村:デュアルキャリア=時短勤務者とイメージする人は多いのですが、よくよく話を聞いてみると定時まで働けるケースはあります。
そこで、アスリートが合宿の期間に有給を使う、もしくは企業が特別休暇を用意するなど、双方の落としどころを企業と話し合い、採用につなげている形ですね。
また、アスリートを採用した企業で、休みの日に従業員がアスリートの応援に行って仲を深めるといった福利的な効果が得られた場合、デュアルキャリアの採用が継続されることもあります。
——木村さんはアスリートに会った際、「完全に引退してから探すよりも、若いうちに仕事とスポーツをかけ持ちしたほうがいい」とアドバイスしますか。
木村:「自分がこの領域の仕事をしたい」という希望が少しでもあるなら、かけ持ちでもいいからやったほうがいいとアドバイスをします。仕事のキャリアや専門的な知識は、その仕事でしか積めません。
そのため、まったく無関係の次につながらないような仕事をするのではなくて、引退した後も継続的に積み上げができるような仕事をスポーツと同時にやっていこうと話します。
「競技技術だけ優先」は見直したほうがいい
——今後、事業をどのように発展させていきたいですか。
木村:スポーツを続けられる環境が手に入らない人や、スポーツを続けられなくなってしまった人を、もっと多くのアスリート・元アスリートの橋渡しをすることは、絶対的にやりたいことの1つです。
同時に、幼少期から大学卒業までスポーツに取り組んできた人に対して、経験や能力を社会で発揮するための育成プログラムも進めていきたいですね。
また、日本のスポーツがもたらす価値をバージョンアップしたいと言いますか、「スポーツで人を育てることの価値」を広めたい気持ちもあります。
我々はスポーツを通じて、いろいろな能力を開発できると考えているので、競技技術の向上だけを優先しすぎている状況なら、一度見直したほうがいいと思っています。
「スポーツや勉強に励みながらいい人材が育つ」というモデルを作ることが、我々が目指す方向です。
——小学生から大学生に対する教育プログラムにも取り組んでいると伺ったのですが、こちらの事業はどうされる予定ですか。
木村:今は大学スポーツ協会との共同事業という形で、社会人基礎力を向上させるプログラムを作り各大学・部活に実施している状況です。また組織マネジメントやリーダーシップといった、就職後さらに必要となるスキルや考え方の講座も実施しているので、1人でも多くの学生に提供したいと考えています。
また、18歳以下の高校生・中学生・小学生に向けた個人プログラムも実践していきたいですね。1人ひとりの自己実現のポテンシャルを引き上げつつ、文部科学省が実践している「キャリア教育(子どもが将来、社会で自分の役割を発揮しながら、自分らしい生き方を実現するための教育)」につなげられるようなプログラムになればと。
求められるのは「アスリートの主体性」
——他社を含めて、アスリート関係者のキャリアの認識は今後どのように変化していくと思われますか。
木村:アスリートが主体的であるかどうかが注目されるようになると思います。
状況をよく考えてプレーするスポーツは、その瞬間の思考力が大事です。それが受動的なのか主体的なのかで、プレーのスピードや判断・選択の質が変わります。
そのため、今後は監督やコーチが「ああしろ、こうしろ」と強制するような指導ではなく、アスリートが主体となってスポーツに取り組めるような指導および環境整備が求められるでしょう。
これはスポーツに限ったことではありません。仕事でも今後益々主体性が求められるので、アスリート向けのキャリアサービスを提供する側として、アスリートが強制的ではなく主体的にスポーツや仕事に打ち込める環境を作りたいと考えています。
<著者プロフィール>
木村雅人
株式会社マイナビ
アスリートキャリア事業部 事業部長5歳からサッカーをはじめ高校卒業後にJリーグへ。引退後、大学へ入学し教育学を学ぶ。2004年株式会社マイナビ入社。就職情報事業本部にて新卒採用コンサルティングに従事。その後、新規事業「医療系学生向けの就職とキャリアに関する事業」を事業責任者として立ち上げる。現在は「スポーツを通じた人材育成の可能性」をテーマにアスリートの「人材育成」と「就労支援」に関する事業を執行。大学スポーツ協会(UNIVAS)との共同事業開発責任者。
- Original:https://techable.jp/archives/186011
- Source:Techable(テッカブル) -海外・国内のネットベンチャー系ニュースサイト
- Author:はるか礒部
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