2022年はスタートアップ創出元年と言われ、政府はもとより民間企業や学校なども起業家の創出や育成、投資の増加、スタートアップとの協業などに力を入れているといいます。しかし、メディアに出てくるのは、東京のスタートアップがほとんどのようです。
そこで今回は、関西のスタートアップ支援を行うNPO法人生態会の事務局長の西山裕子氏に、知られざる関西の起業エコシステムの特徴についてご寄稿いただきました。
関西の起業コミュニティの発展に取り組む「NPO法人生態会」
私は、関西のスタートアップ支援を行うNPO法人生態会で、2018年より事務局長を務めています。生態会は日米で多数の投資を行ってきたアメリカ人のアレン・マイナーが関西に縁があって立ち上げた団体です。
関西で起業し上場を遂げたイルグルム社の岩田進や、さくらインターネット社の田中邦裕が理事となり、応援しています。
当社は「関西の起業エコシステムを可視化し、コミュニティの発展に寄与する」をビジョンに掲げ「誰よりも関西の起業環境の全体を理解し、適切な情報を提供する」ことを目指して、日々活動しています。
具体的には、3カ月に一度「関西スタートアップレポート」を発刊しています。そして、関西の起業コミュニティの活性化や出会いの創出をしています。レポートは2020年1月に創刊し、すでに累計12冊になりました。
レポートでは、関西の起業に関する動向、資金調達・M&A・IPOの定点観測、注目すべきスタートアップの紹介、設立5年以内の約500社のスタートアップリストなどを掲載しています。
なかなか掴みにくい、関西のスタートアップの情報。それを探している大手企業や金融機関、行政や学校法人などに提供しています。
調査の過程でおのずとスタートアップの課題や要望を聞くので、必要な人につないだり、毎月のように勉強会や交流会を開催したりしています。NPOという中立的な立場を活かし、産官学、あらゆる機関と連携して、関西コミュニティの発展のため、日夜励んでいます。
参考:関西の最新スタートアップ情報を掲載した、季刊レポート
活動をする中で、近年は「関西のスタートアップは、今どのような状況か?」と、聞かれることが増えてきました。セミナーの登壇、ブログなどで情報発信をしていますが、この寄稿により、さらに多くの方々に、関西のポテンシャルについて知っていただければ幸いです。
市場の大きさに比べ、まだまだ未開拓
さて、関西(2府4県:京都・大阪・兵庫・滋賀・奈良・和歌山)は、面積では全国の8.3%ですが、人口は16.9%、総生産額15.6%であり、関東圏に次ぐ日本の第二の経済圏です。
パナソニック、ダイキン工業、住友電気工業、シャープ(いずれも大阪本社)、任天堂、京セラ、日本電産、村田製作所(京都本社)など、グローバル企業が多数あります。
製造業数は全国の19.4%、輸出通関額は22.4%を占めるなど、モノづくりに強い地域です(注1)。また、奈良・京都・大阪は、歴史と文化の厚みがあり、観光地としても多くの人をひきつけています。
このように、関西は全国の2割弱の経済規模を有する大きなマーケットですが、スタートアップという分野に関しては、まだまだ十分に発達していません。
2021年の国内スタートアップの地域別資金調達額は、東京が全体の83.7%。関西は、わずか4.3%(京都2.1%、大阪1.7%、兵庫0.5%)でした(INITIALより、2022年1月25日基準)。日本のベンチャーキャピタルの7割が東京に集中しているのも、その一因でしょう。
スタートアップの情報は口コミや紹介で収集
一般的にスタートアップの情報は、口コミや紹介で知ることが多いと言われています。
我々も、関西スタートアップの情報を得るために、いろいろな方法を使いますが、ホームページすらない会社があり、人から紹介を受けている状況です。
ネット上には現れなくても、訪問して話を聞くと、先端技術を使ったすばらしい事業を始めようとするスタートアップに驚くことは多々あります。
そのような情報は、身近で聞いて、会って話して理解が深まることが多いもの。また、先端の情報は意外と友人の口コミ、カフェでの声掛け、近所付き合いなどから流れてきます。
シリコンバレーに長く住んでいる生態会の理事長・アレンは「スタートアップや投資家などが狭いエリアに集約し、一度に成長に必要な人に会って話が早くまとまる、それがシリコンバレーの優位性になり、スタートアップの聖地として発展してきた」と言っていました。
コロナ禍での変化と機会
しかし、状況は少し変化しています。新型コロナウイルスの爆発的感染が始まった頃(2020年4月と5月)、生態会ではスタートアップに調査を行いました(注2)。
結果として、コロナの影響によりビジネスが「非常に良くなる」「良くなる」と答えた関西のスタートアップは、4月は22%、5月は39%と伸びました。
5月は一般社団法人日本スタートアップ支援協会と共同で、関西以外も調査をしました関東(32%)やその他(34%)より、関西のスタートアップは楽観的な傾向が見られました(図1)。
コロナをチャンスと思っている会社が、ほかの地区より多いようです。特にITやアプリ、オンライン教育などに関わるスタートアップは「売上増加」「新規の取引実現・交渉の促進」「営業機会の増加」など、追い風を感じていました。 興味深いことに、関西のスタートアップの61%が緊急支援対策を申し込んでおり、関東(40%)やその他(28%)よりも高い割合となっています。コロナの影響については楽観的でありつつ「貰うものは貰う」という関西人のちゃっかりさが、現れているのでしょうか(図2)。先日、私が取材した大阪のITスタートアップも、TwitterのDMでベンチャーキャピタルから連絡がきて、投資決定の最後に会うまでは、ずっとオンライン面談で話を進めたそうです。
コロナ前なら、顧客や投資家からは「まずお会いしましょう」と対面の面談を期待されていました。しかし、東京に行くのは時間的にも金銭的にも負担となり、それが交渉スピードを遅らせていました。ただ、現在は場所を問わずオンラインで話が進んでいるため、その分ビジネスチャンスが増えているようです。
関西のスタートアップ界の特徴とは?
関西のスタートアップといっても、いろいろな業種や事業形態があります。あくまで傾向的なことですが、下記の3つが独自性として言えるでしょう。
①大学発スタートアップの可能性
関西には、京都大学や大阪大学など、研究開発型の大学が存在します。官民ファンドのVCも設立され、資金提供や人材紹介なども進んでいます。
大学の研究技術を活用したスタートアップには、想像を絶するほどにすばらしい会社も多数あり、取材に行くと驚くことがあります。
たとえばこちら、大阪大学発の株式会社アイ・ブレインサイエンス。
視線の動きで、簡単・低ストレス、客観的に認知機能を評価。認知症が目の動きで分かるという技術です。大阪大学医学部、武田 朱公准教授の技術を基に開発されました。
プロダクトの社会貢献を確信した、企業経営の経験豊富な高村 健太郎社長がジョインして、事業を伸ばしています。認知症検査は、私もドキドキしつつ試してみました。簡単で明確な指標が出てきて、感心しました。知り合いの親御さんが、認知症の検査を受けるのに2カ月後からの予約しか取れないという話を聞きました。この技術が早く多くの病院に導入されて、高齢化社会の改善の一助になってほしいです。
国立大学以外にも、関西学院大学や近畿大学などは、起業家教育に熱心で、同窓会ネットワークも活用して、大学生の起業家支援、研究者の事業化などに大きな支援体制をとっています。
②そこにいるだけで自然に影響を受ける:たたずまい、文化と歴史
長い歴史と文化芸術の蓄積がある関西圏に本社を構えるスタートアップは、文化と歴史を重視しているという話もよく聞きます。
たとえばこちら。木材を使用したインテリアに溶け込むIoTデバイスを作る株式会社mui Lab。
プロダクトをデザインしているのではなく、「たたずまい」をデザインしていると、大木社長は言います。同氏によると「京都のたたずまいから、自然に影響を受ける。その上で、プロダクトの開発にあたることに、意味があると考えました。渋谷やシリコンバレーに本社を構えるのとは、全然違う物ができるのではないかと期待を込めて、京都に本社を置いています」とのことです。
③コンパクトなエリア、強いネットワーク
最後に、スタートアップを取り巻く環境の特徴として、コンパクトなエリアであることも挙げられます。
冒頭に紹介したように関西は面積が狭く、電車に1時間も乗れば、ほとんどの主要都市に行くことができます。サイズ的には、シリコンバレーと近いものです。
「スタートアップやその支援者もすぐに顔見知りになり、連携を始めていく」「オーナー企業が多く、エンジェル投資家もたくさんいる」「本気でがんばるスタートアップには、応援者も集まる」など、ローカルならではの良さもあります。
ポテンシャルの大きさに期待!
以上の事柄から、関西のスタートアップのポテンシャルは大きいことがうかがえます。しかし、まだまだ人モノカネが十分に届かず、必要な情報が不足しています。今後、関西のスタートアップの動向やそのユニークさなどを紹介していきたいと思います。
参考文献・記事:
注1:近畿経済の概要ー経済指標でみた近畿ー 2022年3月 近畿経済産業局
注2:生態会のスタートアップ調査(2020年4月、5月)
調査方法:インターネット調査
告知方法:JSSA関連のスタートアップへ依頼
対象:日本に本社を置くスタートアップ企業(非上場)
地域 関東:東京(84)・神奈川(2)・千葉(1)、関西:大阪(28)・京都(7)・兵庫(1)・奈良(1)、その他:北海道(5)・宮城(1)・静岡(3)・石川(2)・愛知(2)・広島(2)・岡山(1)・ 長崎(1)・福岡(3)・沖縄(2)・不明(1)
<著者プロフィール>
西山裕子
NPO法人生態会 事務局長・マーケティングPRプロデューサー1989年大阪大学を卒業後、P&G ジャパンにて、パンパースやミューズなどの商品開発・調査、広告などのマーケティング全般に従事する。2000年、アイ・モバイル株式会社の創業時から参加し、マーケティング広報室長を務める。2012年に独立し、企業向けにマーケティングや広報支援を行う。2018年からはNPO法人生態会の事務局長として、関西のスタートアップエコシステムの活性化に尽力している。2014 年同志社大学ビジネススクール卒。(経営学修士)
<NPO法人生態会とは>
2018年設立のスタートアップ支援のNPO(理事長:アレン・マイナー)
「関西の起業エコシステムを 可視化 し、コミュニティの発展に寄与する」ことをビジョンとし、「誰よりも関西の起業環境の全体を理解し 適切な 情報を提供する」ため活動。3カ月に一度、関西の起業環境を調査分析した「関西スタートアップレポート」を発刊し、スタートアップの紹介や関西本社のスタートアップ500社のリストを提供。
- Original:https://techable.jp/archives/186676
- Source:Techable(テッカブル) -海外・国内のネットベンチャー系ニュースサイト
- Author:はるか礒部
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