世界初のガスバーナー?イングランド生まれ日本育ち?老舗ブランド「EPIgas」の歴史と今

「世界で初めてシングルガスバーナーを作ったのはEPIgas(イーピーアイガス)だよ」

ある取材のさなか、そんな話を小耳に挟んだ。EPIgasと言えば、イギリスはイングランドの老舗中の老舗ブランド。特にシングルガスバーナー(当時の言い方で言えば“ガスストーブ"ですね)で有名で、ベテランキャンパーやアウトドア愛好家で知らぬ者なしといえるほどの知名度を誇ります。

それこそ1980年代に登山を楽しんでいた人の中には「右を見ても左を見てもみんなエピガス(EPIgasの愛称)。とにかくストーブはエピガスって感じだったよ」と話す人がいるほどです。

これまで、キャンプギアの元祖や定番アイテムについて取材をし続けてきましたが、EPIgasが世界初のシングルガスバーナーだって!? これはなんとしても話を聞きにいかねばなるまいと、急遽EPIgasを取り扱うユニバーサルトレーディングへ取材に行ってきました。

▲今回お話を伺ったユニバーサルトレーディングの西方さん。高校の山岳部時代からEPIgasを愛用し続けているユーザーでもある

結論から述べれば、EPIgasがOD缶ねじ込み式ガスシングルバーナーの元祖というのは本当でした。さらに、イングランド発のEPIgasは、現在は日本のアウトドアブランドになっていました。

■軽さとコンパクトさで世界を驚かせたバックパッカーストーブ

EPIgasはイングランド中部、ストックポートで1961年に産声をあげました。現地の伝統的な技法に当時の最新技術を織り交ぜた、安全性の高いレジャー用ガスストーブとランタンの開発がそのはじまりでした。

▲中世の面影を色濃くとどめる伝統の町、ストックポート。1980年代のカタログから

創業から12年後の1973年、EPIgasは世界のアウトドアストーブ事情を一変させるバルブ構造とそれを搭載したアイテムを発表します。

「今のOD缶一体型バーナーの仕組みは“セルフ・シーリング・セーフティ・バルブ"と呼ばれるものですが、この構造を世界で最初に開発したのがEPIgas。そしてシングルガスバーナーにはじめて搭載したギアが『バックパッカー・ストーブ』なんです」

▲世界初のOD缶ねじ込み式バーナー「バックパッカー・ストーブ」通称「BP型コンロ」

バックパッカー・ストーブ発売以前のアウトドア用のバーナーと言えば、ガソリンやパラフィンを燃料としたものがほとんど。持ち運べるサイズではあるものの、重量があり、燃料ボトルを持ち運ぶ必要もありました。

また、ガスを使用したバーナーは専用のガスシリンダーを使用した大型のものか、一度バーナーに取り付けてしまうと取り外せないものばかりで、今のシングルバーナーのようなガス缶を使った持ち運びしやすいコンパクトなバーナーというのはありませんでした。

▲「BP型コンロ」は専用のステンレス製のケースにすべて収納できる。今見てもかなりコンパクトなサイズ感

そんな中発売されたバックパッカー・ストーブ。「とにかく軽く、コンパクトで荷物も減らせる!」ということで、人気にならないわけがなく、日本での発売当時を知る登山愛好家に話を聞くと「あれはとにかく画期的だった。新時代が来たと思った」と誰もが口を揃えて話すほど。

実際に「発売が開始されてしばらくの間は、入ってきた商品がその日のうちにすべて出荷されてしまうほどだったと聞いています」と西方さん。

▲取り外したヘッドとバルブの間に収納ケースの蓋を挟むことで風防とする、良く考えられた構造

その後は、ランタン「BPランタン」や、キャンプで使えるツーバーナー「EPI TWIN」など、様々なアイテムの開発、発売を続けます。

独自の新技術で世界を席巻し、一見すると順風満帆のEPIgas。しかし1994年にブランドの大きな転機を迎えることになります。

■イングランド発ジャパンメイドのブランドへ

「諸般の事情からイングランド本国での製造が困難になり、1994年に弊社がブランドを継承し、製造とブランド運営をスタートしました」

まさかのブランド継承。様々な事情が絡み合った結果なのだといいます。こうなると気になるのは「どうやって生産体制を作ったのか?」ということ。

「当時を知る社員からは『自社開発・自社生産に変更になり、製造できる環境や職人の問題などかなり苦労した』と聞いています」

ユニバーサルトレーディングは、主に輸入商品を取り扱う商社。EPIgas商品を1970年代から販売しているとは言え、製造設備や技術を持ち合わせている企業ではありません。

そんな同社とEPIgasのピンチを救ったのは「川口市で生業を続けてきたこと」だと西方さんは話します。

「弊社がある埼玉県川口市は、鋳物を中心に発展した工業の町で、その歴史を遡れば江戸時代にまで届きます。そして、今でも鋳物のような伝統的なものから機械の製造など、モノづくりの町として、その精神性が根付いています」

▲イングランド製造時代に作られていたガスヒーター。か、かわいい…!!復刻してくれないかなぁ

そんな工業の町に根ざして商売を続けることで、様々な縁を辿ることができ、なんとか製造できる環境を整えられたのだといいます。

恥ずかしながら川口市がモノづくりの町だったとは知らなかった…

▲西方さんが学生時代に愛用していたGSSAストーブ。脅威の5800kcalで12人の男子高校生たちの腹を満たした

こういった事情から、実は1994年からは川口市の本社工場で生産がされており、ガス器具製品はすべてジャパンメイド。今でも職人の手によって製造が続けられています。

ちなみに西方さんも営業業務のかたわら、一部製造を手伝っているそうで「学生時代からお世話になってきたEPIgasにここまで関われるとは正直思ってもみませんでした(笑)」と、どこか嬉しそうに話してくれました。

ブランド継承してから、はや20年ですか。もはや、れっきとした日本のブランドですね。しかし、川口で作られているなんて…驚きの事実が多すぎるぞ、EPI!!

■受け継がれたEPIスピリットと絶え間なく続くアップデート

最近のEPIgasと言えば、大きな宣伝広告を行っていないことや、10年以上新商品が出ておらず、メディアへの露出も少ない印象。登山用ガスバーナーのレジェンド的ブランドですが、ここ数年のうちにキャンプや登山を始めた人の中には、もしかしたらEPIを知らない人もいるかも知れません。

▲ヘッドに『S.F.P.M.』を採用したことで高い防風性能と炎の広がりを実現したREVO-3700 STOVE(1万2100円)

毎年新商品を発売するメーカー、ブランドが多い中で、既存のラインナップを売り続けるのはなぜなのでしょうか。

「EPIとしてはアイテムひとつひとつを大事にして、より長くご愛用頂ける商品づくりを重要視しているからです。これは、イングランドで生産を行っていた当時から変わらないEPIgasの信念。だからこそ新商品よりも、既存商品のブラッシュアップに力をいれてきました」

かつて多くのガスバーナーを開発してきたEPIgasですが、現在のバーナーカテゴリーは4アイテムのみで、これまでの開発の中でブランドの顔としてふさわしいアイテムだけを残しています。そして、この4つのアイテムたちには実は細かなアップデートが行われており、発売当初よりも高性能化を果たしているのだといいます。

「常に少しでも効率よく燃焼し、安全に使えるためにはどうすべきかというのを考えながらモノづくりを続けていますし、実際に毎年どこかしら内部の仕様を細かく変更してるんです。『より安全で』『より便利で』『より長く』この思いから、マイナーチェンジをひたすらに続けています。これがEPIgasとしての市場のニーズへの応え方なんです」

*  *  *

「EPIgasにはイングランドでの創業当時から独自の精神性がありました。それは“製品開発における精巧さと緻密さへの追求"です。これは、ブランド継承してからも変わることはなく、私たちの大きな指針となっています」

そもそも、このモノづくりへの真摯な姿勢に先々代の社長が強く共感したことがEPIgasを取り扱うことになったきっかけであり、ブランドを受け継ぐ際の大きな決め手でもあったといいます。

EPIgasが「バックパッカー・ストーブ」を世に送り出してまもなく50周年。かつてイングランドで培われたモノづくりへの情熱は、それ以上の熱量をもって今も変わらず燃え続けています。

>> EPIgas

<取材・文/山口健壱(&GP) 写真/逢坂聡>

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