公道を走れるバイクとしては世界最小の「仔猿」というバイクがあります。2000年代前半、東京・調布に工房があるCKデザインによって発売されたキットバイクで、メジャーのバイクメーカーでは到底生み出せない1台です。
▲世界一小さいキットバイク「仔猿」
バイクファンはおおむね「大型モデルが好き」「小型モデルが好き」と排気量ごとに分けられる傾向がありますが、「仔猿」の存在感は結果的にそんな垣根さえも飛び超え「コアなバイク好き」「ライトなバイク好き」双方をも魅了し、多くの人から愛され続けています。
開発したCKデザイン・佐々木和夫さんに「仔猿」に込めた思いを聞きました。
■たった1人で「オートバイメーカーをやりたい」と、ホンダから独立
▲佐々木さん。東京・調布にあるCKデザインの工房にて
佐々木さんは元本田技術研究所の技術者で、主に二輪車の設計などを行なっていました。手がけたホンダ製バイクは50ccからレーサーまでと幅広く、並々ならぬバイクの知見をお持ちです。
佐々木さんは後に独立し、CKデザインという会社を立ち上げ、世界中のバイクにまつわるあらゆる事業を行うことになりましたが、独立時の思いは、ただただ「楽しいオートバイを作りたい」「バイクメーカーをやってみたい」という、それだけだったと言います。
「ホンダから独立した際の資金は1万円でした(笑)。それでも『楽しいオートバイを作りたい』と、バイクメーカーを目指して立ち上げたのが最初です。資金は限られていたけど、オートバイを作るノウハウ、知識などは持っていたから『なんとかなるだろう』と思っていました」(佐々木さん)
日本のバイクメーカーはホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキの4社に絞られます。そこにたった1人、それも1万円の資金で食い込んでいこうというのは無謀にも思いますが、「いや、最初からそんな大掛かりなことをやるつもりはなかった(笑)」と佐々木さんは笑います。
「イタリアではほんの数人で小さなバイクメーカーを作った歴史があったんだけど、日本ではまずあり得ないことです。
日本のオートバイって、みんなチームを組んで分業しながら開発をするのが普通で、だからこそ大きな市場にもなっているわけだけど、僕の場合は、そのイタリアみたいなことをしたかった。でも、そんなことをやろうと思ったのは日本ではきっと僕だけでしたね。
僕は既存バイクのカスタムするショップみたいなことをしたいわけではなく、ただただ『楽しいオートバイを作りたい』と思っていて、それでCKデザインを始めたわけです。ただ、『仔猿』を作るまではそう簡単ではなかったけどね(笑)」(佐々木さん)
■古巣・ホンダで出会った汎用エンジンが「仔猿」開発のきっかけに
▲佐々木さんにとって転機となったホンダの汎用エンジン
佐々木さんの独立時に抱いていた「楽しいオートバイを作りたい」「オートバイメーカーをやってみたい」という夢は長らく実現はできず、現実的な収入源はバイクメーカーからのスポットでの設計受注や、バイク雑誌への寄稿、レアな外車バイクの輸入販売などでした。
そういった仕事で佐々木さんがたまたまホンダを訪れた際、関係者から「汎用エンジン」についてある相談を持ちかけられたと言います。
「『いろんな使い道があり、信頼性も高い汎用エンジンです。このエンジンを使って、佐々木さんが考えた何か新しいことができないものか』と、ホンダの関係者から声をかけられました。
その汎用エンジンを見せてもらったけど、実際のところ、ホンダにはガツガツ尋ねることはできないわけです。何故なら、僕の心の中にホンダに育ててもらった忠誠心みたいなものがあり、特に技術面で『どうなってるんですか、このエンジンは』みたいな質問は失礼すぎてできないからです。
そのため、その汎用エンジンを取り寄せて自分で解析をして。『オートバイに使ったとき、ちゃんと走るのか』みたいなところから始めて、『この小さなエンジンで何ができるだろうか』と考え始めたわけだけど、結果的に『これはいいぞ』と。それで『仔猿』という30ccのバイクを作って販売することにしたんです」(佐々木さん)
長年、佐々木さんが胸に抱いていた「楽しいオートバイを作りたい」という夢は、奇しくも古巣・ホンダでの不思議な縁によって実現に近づいていきました。
▲ホンダ製の汎用エンジンを詰んだ「仔猿」
■自分で作る楽しみ、他人と喜びを共有する楽しみも「仔猿」の魅力
当初「仔猿」はコンプリートバイクとしての販売を予定していたそうですが、後に「キットバイクにして販売しよう」と佐々木さんは思いつきます。
「一番最初の『仔猿』は100台でしたので、バラバラのパーツを前に僕が1人で組むつもりでいました。しかし、『いや待てよ。これキットバイクにしても良いな』と思い始めて。僕は模型で育ってきているので、組んだり削ったりとか、そういうことが好きなんですよ(笑)。もしかしたら『仔猿』を好む人は、僕と同じように『作る』ことが好きな人が多いかもしれないと思って。
結果的に正解でした。オーダーが入ってキットのまま送ると『組めましたよ!』とか『自分でバイクを組み上げるのが面白い!』なんていう声が届いたりして。僕にとってもすごく嬉しい出来事でした。
本来の僕は技術屋の人見知りで『他人と一緒に何かをやる』『他人と楽しみを共有する』といった経験が少し苦手なんだけど、『仔猿』以降は、そうやって交流が広まったりして毎日が楽しくなりました」(佐々木さん)
▲「仔猿」のキット例。確かにこれらを自分で組むのは楽しそうです
■子どもたちに向けた最新型「仔猿」は25ccモデル
▲「仔猿」に25ccのエンジンを2つ積んだモデル「50TT」
▲「仔猿」の派生モデル「ST36Rコヌーピー」
以来、「仔猿」は様々な排気量、複数のシリーズモデルを続々とリリース。いずれも30〜50ccの原付仕様でしたが、この小さな1台を通して、佐々木さんは今年さらなるコンセプトを持ったモデル「C25(プロジェクトASHITA仔猿モデル)」を誕生させました。
その排気量はなんと25cc。これまでの「仔猿」シリーズの中で最も排気量の小さいモデルです。
「『C25』は、メイン部品を特別価格で提供するだけで、塗装、エンジン、シート、灯火電装類はあえて付けずに販売しています。
『C25』はターゲットは10代の子どもたちにしているんですけど、『足りない部品』は自分でネットで調べて購入したりDIYで補完しながら組み立ててもらいます。そのことで『オートバイを作る楽しみ』を知ってもらいたいと思っているんです。
まだオートバイに乗ったこともなく、触れたこともない子どもたちにとっては、『オートバイの組み立て』はかなりハードルが高いものに感じるかもしれません。でも、そんなときにこそ友達と一緒に情報を交換したり、試行錯誤を重ねながら作り上げていく…そうやって小さなオートバイを通して、作り上げた友情や交流の時間は本当に楽しい時間になるだろうと思い、あえて、余白あるセットにしています」(佐々木さん)
▲今年発売となった「C25(プロジェクトASHITA仔猿モデル)」。佐々木さんの思いが詰まった1台です
■「オートバイは時代遅れじゃないぞ(笑)」
▲「喜んでくれる人がまだまだいる。がんばって続けますよ」と佐々木さん
「仔猿」の見た目のかわいさ、コンセプトの面白さからファンになる人が多くいると思いますが、佐々木さんが「仔猿」に込めた大きな「夢」や思いもまた、ファンを魅了し続ける理由の一つのように思いました。最後に佐々木さんはこう結んでくれました。
「『仔猿』を作るまでは、『もうオートバイが面白い』っていう時代じゃなくなったのかな、と自信を失った時期もありました。昔と違って遊ぶものなんていっぱいあるし、僕が若い頃に抱いた『オートバイの楽しさ』なんてもう時代遅れなんじゃないかと。でも、『仔猿』を作ってわかったことは『いや、オートバイは時代遅れじゃないぞ』と(笑)。
だって、『仔猿』ミーティングをやると、近くにたまたまいた小さな子どもたちが目を輝かせながら集まってきて、みんな楽しそうにバイクに触ったりまたがったりするからね。そんな姿を目にすると、『オートバイはやっぱり人を魅了する何かがあるんだ』と改めて思います。
『仔猿』は正直、全然儲からないバイクでもあるんだけど(笑)、でもそうやって喜んでくれる人がまだまだいるんだから、できるうちはがんばって作り続けたいと思っています」(佐々木さん)
現在「仔猿」には複数のモデルがありますが、レアモデルは在庫終了次第、生産終了になるものもあります。価格帯は前述の子ども向けキット「C25」が約20万円〜、通常のキットは約39万円〜となっています。ぜひチェックしてみてください。
>>CKデザイン
<取材・文/松田義人(deco)>

松田義人|編集プロダクション・deco代表。趣味は旅行、酒、料理(調理・食べる)、キャンプ、温泉、クルマ・バイクなど。クルマ・バイクはちょっと足りないような小型のものが好き。台湾に詳しく『台北以外の台湾ガイド』(亜紀書房)、『パワースポット・オブ・台湾』(玄光社)をはじめ著書多数
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