スタートアップ企業のオフィスづくり、理想の組織をつくるためのポイントを事例から解説

コロナ禍を経て、オフィスのあり方が改めて見直されている昨今。多様な働き方が認められながらも、オフィスに出社することの価値やその必要性が再認識されています。

スタートアップ企業にとって、オフィスは今後どのような場所となり、どのように企業の成長に影響し得るのでしょうか。

今回は、少人数規模のスタートアップベンチャーから老舗企業まで、さまざまな企業の“オフィスづくり”に伴走している株式会社ヒトカラメディアのワークデザイン事業部・松原大藏氏に詳しくお話を伺いました。

社員の生産性や働きがいを向上させるための具体的な施策の話をまじえながら、実際の相談事例をもとにスタートアップオフィスの可能性を紐解きます。

リモートワークを経験したからこそ見直されるオフィスの価値

――まずは松原さんのお仕事について教えてください。

はい。ヒトカラメディアには大きく分けてワークデザイン事業部とプロジェクトデザイン事業部がありまして、僕が所属しているのは前者です。そのなかでも僕はプランニングチームというところにいまして、企業がオフィス移転やレイアウト変更するにあたって、どんなことを実現したいかをヒアリングするところから始まり、移転後のサポートまで全部一貫して携わっています。

企業の経営者が何を考えて何を願っているのか。そういった言葉を直接聴けることに僕は毎回ワクワクしていて、より自分ごと化してプランニングしていくところにつながっています。組織や働き方について一緒に考えて、要件を定義しながら一緒に進めていくというのが主な仕事です。

――コロナ禍を経て、オフィスづくりに関する世の中のトレンドは変わりましたか?

最近はオフィスに回帰するトレンドがあるように思います。スタートアップの経営者だけでなく、VCの方もそう言い始めていますね。
昨年あたりは「リモートワークで十分できるよね」となっていたものの、やってみたらやっぱりリモートではできないことも結構あるという実感が出てきたころだと思います。イーロン・マスク氏がメールで強制出社命令を出したときは大きな話題になりましたよね。

もちろん、リモートかオフィスかどちらかにするという話ではなくて、必要に応じて場所を選択するハイブリッドワークという言葉も一般的になってきています。

――リモートワークではできないことが、オフィスに出社する意義とも考えられると思うのですが、たとえばどのようなお話が出るのでしょうか。

一番わかりやすいのは、たとえば隣の席の人に「ちょっとあれどうなってる?」と聞けたりする小さなコミュニケーションですね。1人でパソコンに向かって仕事しているつもりでも、意外とちょっとしたコミュニケーションをしながら仕事してるんだな、と気付くことがあると思います。オフィスという同じ空間に一緒にいるだけで他の人が働いている気配を感じられて、特に会話をしなくても「なんか元気そうに働いてるからいいか」「忙しそうだな、大丈夫かな」と思えたり。

フルリモートを経験したことで、意外とそういう“認識できてなかったけど大切な小さな情報”が目減りしていることに不安を感じる人が増えて、それって結構大きなことだよねという流れになっているんじゃないかと思います。

オフィスレイアウトで“自社らしさ”を体現、カルチャーの醸成に

――オフィスにいるだけで、目や耳から自然と情報を得られることは結構ありますよね。

はい。でもそれは、オフィスのレイアウトによっても大きく変わると思います。意図が反映されてない空間だと、本当はもっとこういうことができたらいいのになと思うことを邪魔してしまうこともある。本当はもっと喋りたいのに、会社のムードがすごく静かだから喋れないとか。

たとえば立ったまま会話できるスタンドテーブルがあろうがなかろうが、仕事はできると思うんです。でも、スタンドテーブルがあることでオフィスが「気軽に喋りやすい空間」になったりする。それが何%事業収益に影響があるのかというと計り知れないですが、事業って日々の積み重ねじゃないですか。売上を積み上げるためにも、結局日常がしっかりドライブしていないといけない。その点で、意思が反映されているオフィスというのは、企業の成長に必ず影響すると思っています。

――具体的にはどういったかたちでオフィスのレイアウトに反映するのでしょうか。

ヒトカラメディアのキッチンスペース。食事だけでなく仕事をする姿も


たとえば当社では、オフィスのへそになる場所に対面で会話できるキッチンがあります。近くにはホワイトボードや掲示板があったり、そういった場所での会話からミッションやビジョンに向かっていく会社のカルチャーが醸成されているように思います。

靴を脱いでリラックスしながら打合せができる小上がりスペース


また、非同期コミュニケーションと言いますが、社員それぞれがオフィスに来るタイミングで自然と情報をキャッチできる施策も行っています。当社ではそれを壁を使ってやっているのですが、オフィスや当社が運営するワークプレイスのある下北沢のマップを壁に大きく作って、街や物件の情報が見えるようにしていたり。ショップカードをもらってきてどんどん貼って更新していくといった活用がされています。

壁を活用した下北沢のMAP


あとは本棚に新しい本が増えていくとか、提案資料の一部を執務スペースの掲示板に貼り付けて、社内メンバーが自由に見てお互い学べるようになっているとか。オフィスにある情報が更新されていると感じられるのは、オフラインの大きな魅力の一つになると思います。

他の事業部がどんな仕事やミーティングをしてるのかを、意識的にキャッチしないと知ることができないのが一般的だと思うんですが、当社では何となく目に入ってしまう環境を作り、試行錯誤をシェアすることは良いこと!と共通認識にしています。これは組織文化によって何が合うか考える必要がありますが、ヒトカラメディアでは会社の姿勢として「それは良いアクションとして賞賛に値します」とオフィスで体現していて、会社のカルチャーを伝播していくことにつながっていると思います。

――オフィスのレイアウトは、“自社らしさ”という企業文化の醸成にもつながるのですね。

まさにそうだと思うんですよね。ご相談をいただく方の中には、もともとマンションの一室をオフィスにしているところからはじまり、増床したり、リモートも併用しながら、移転で初めてメンバーが集まれるオフィスを持ちますっていう方もいますので、「これから採用を増やしていくにあたって自分たちらしさをオフィスで出していきたい」というご相談も多いです。

そのために、まずは具体的にどんなコミュニケーションが増えることが会社にとってプラスに働くのか、目指す状況からのブレイクダウンが重要だと思っています。

理想とする働き方やコミュニケーションのあり方を空間に反映していく

――自社にとってプラスに働くコミュニケーションのあり方というと、たとえばどのようなものが挙げられますか?

いろいろありますが、今わりと重要視されるのが「対話」や「雑談」なんです。たとえばコーヒーを取りに行ったときにふとした会話が起点でアイデアが生まれたり、会議室行くほどじゃないけど、5,10分だけ立ったままちゃちゃっと相談できる場所が便利だったりとか。

リモートワークでは、そういった「予約がいらない会話」が格段に減り、テキストに置き換わりました。もちろん、リモートワークでもコミュニケーションをとれないということはないと思います。でも相手の様子がわからないと、ほんの少しのコミュニケーションにも気を遣ったり、予約をしなきゃいけない。横にいれば1~2分で終わるような相談が、まずはアポを取って、30分枠取って……みたいな。たとえば新卒や入社したてのメンバーは気後れしてしまって、結局やらずに小さな悩みが大きな問題になってしまったり。これはプラスに働くコミュニケーションとはいえないですよね。

――どういう働き方ができるようにするのかを空間に反映していくことが大切なのですね。

はい。行動ベースに空間を決めていく考え方を僕らは丁寧にやっていて、たとえばクイックなコミュニケーションと通常業務を行うワークスペースは近い方がいいのか、違う形がいいのかみたいなところをよく考えます。細かい図面を書く手前に、つみきを並べるようなイメージで色々試して、この間に壁を隔てた場合どうだろう、という感じでどんなことが起こるかを議論します。

最初はやっぱり「こんなオフィスにしたいんですけど」というのを席数や面積、予算など具体的な数字でオーダーをいただくことが多いのですが、やはり皆さん会社として成長していきたいというベースがある。ビジョンに向かっていくために、これからどういう成長をしていきたいのかという願いがあってこそ、こんなオフィスを構えたいというところに行き着いていると思うんです。

ただ最初から「オフィス移転をきっかけに成長したいんです!」っていうオーダーをされる企業は稀というかほぼないので、まずそこを紐解くところから進めるようにしています。

組織が何を目指しているのかに立ち返りながら、一方通行で僕らの価値観を押し付けるのではなく「今、御社に必要なのはこういうことなんですかね」っていう折り合いを探しながら進めていくといった感じですね。その結果、実際にオフィスを使う人たちの声を拾い集めるところから始めましょうというケースもあります。

経営層だけでなくワーカー全員がオフィスづくりに参加する

――オフィスを使う人たちの声を聴くことで、どんな反応があるのでしょうか。

当社ではワークショップを導入したりするのですが、少人数の企業が全員で参加するということもあります。

たとえば経営層の方たちと僕らでこういうことを目指したいよねって話をしているけれど、実際のワーカーはどう感じているか聞くと、全くちがう角度の意見が出たりする。そこはスタートアップならではというか、その人数の規模感だからこそやりやすい。僕はここが結構場作りが組織に好影響していくためのポイントだと思っています。

実際の社内ワークショップの様子


会社のミッションや業績について、企業が外へ発信することって結構多いと思うのですが、社員がそこを理解して一緒に歩んでいくというのは結構大きなことじゃないですか。ワーカーが声をあげた結果、実際に何か反映されてたら、会社に影響を残したという手応えが生まれますし、それはポジティブなエネルギーになるんじゃないかと思うんです。

オフィスを考えるプロセスのなかで、自社の代表が言っているビジョンの言葉に対して自分で意味づけできたり、真意を汲み取ってあらためて納得できたりっていう機会にもなっているように思います。

――少人数規模の企業だからこそできるオフィスづくりもあるのですね。

そうですね。ただ現状の人数でずっといくわけではないと思うので、3年後、5年後にどれぐらいの規模にしていきたいかなどを見据えたうえでオフィスの物件選定やレイアウトを検討する必要はあります。

目安としては、30人を境に空間の作り方が変わってくるかと思います。10~30人くらいだと、結構その場で気軽にコミュニケーションができる。代表含め他の人との距離が結構近くて「仕事帰りに飯でも行きましょう」みたいな距離感で会話できるので、カルチャー的な面で意思疎通が取りやすいと思います。直接会話をしなくても相手の様子がわかることが多いので、たとえば社長がどういう動きしてるかとか、社長からもメンバーが努力してるかっていうのが大体把握できる状態です。

――従業員が30人を超えるとどうなるのですか。

代表との距離が生まれ気軽に話しづらくなったり、社員同士の関係にも距離が出やすくなります。そのため、組織としていいふるまいが自然と起こるように、仕組みづくりが必要になってくるフェーズです。

たとえば、フリーアドレスを採用している場合、仲のいい人同士だけで固まっていたり、机の上を片付けないで帰る人がいたり。距離感が近いときはそれも部活的な切磋琢磨のいいムードと感じられる時期もありますが、人が増えた分、背景の理解に温度差がでています。一見小さなことですが、これがこのまま広がっていったらどうでしょう。目指す組織の姿でしょうか。

さらに増えて50人規模になってくると、また変化が起こります。細分化され、だんだん職層が増えていくにつれて経営層とあまり話したことも無いという人も増えていきます。すると、熱い気持ちを込めていたはずのビジョンが、表面上の言葉でしか伝わらなくなるという状況も生まれてきやすいです。

そんな組織への理解度のギャップを埋めるために、今このフェーズの自分たちには、オフィスでどういう行動が起こるのが望ましいのか、これまで築いてきた文化と、目指していきたい状況から紐解いて定義していく必要があります。

――松原さんは、スタートアップ企業にとってオフィスが今後どのような価値をもつものになっていくと考えていますか。

一昔前のオフィスは拡張するべきだ、とにかく大きいオフィスが正解、みたいな一辺倒なところがあったかと思います。

一方、現代では正解って人それぞれでいいよねって価値観になってきているからこそ、同じ旗のもと、同じビジョンに向かう仲間としてどんな行動が称賛されるのか?というところをちゃんと自覚的になって、自分たちでそれを言語化できるレベルまで定義する。その意志を空間に落とし込んだものが”これからのオフィス”として捉えられるのではないかと思います。

もちろん空間だけではなく、制度や文化などいろんなことをあわせてやっていかないと理想の組織づくりや事業成長は成しえないというふうには思うんですけども、目指す状況から称賛される行動を導いていくプロセスを踏めば、オフィスはその一端を必ず担えると思っています。

<インタビュイープロフィール>

松原 大藏(まつばら・たいぞう)
株式会社ヒトカラメディア
ワークデザイン事業部/プランニングチーム

1987年生まれ、東京出身。美術制作会社のハナキアートで大道具としてキャリアをスタートし、美術監督の下でデザインアシスタントとして設計、施工監理に従事。その後、デザインコンサルタント会社にて新事業部の立ち上げに参画。ヒト・モノのコミュニケーションを前提とした空間デザインを軸に、クライアントのブランドイメージとユーザーエクスペリエンスの向上を目的としたデザインを行う。

(取材・文/Techable編集部)


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